ウィメンズクリニック神野

患者さんからのお手紙

私は、神野先生に子供を授けてもらう前に、いわゆる「低刺激」のクリニックで治療していました。
38歳から39歳までの9ヶ月の間に5回の顕微授精をし、そのうち、ただの1回も移植をすることはかないませんでした。
ですが、疑問も持たず通院していた最中に転機が訪れました。
5回目の顕微授精が終わった頃、通院中に仲良くなった友人に神野先生を紹介されました。
友人の友人がAMH1以下で、ここも他何箇所も断られたのに、1人どころか、2人目までも授けてもらったクリニックが調布にあるので、近々開催される説明会に一緒に行かないかというものでした。
ちょうどその頃、加藤貴子さんのブログで「ウィメンズクリニック神野」が紹介されたころでした。

加藤貴子さんのブログを拝見し、また友人から「体外受精が得意で、大好きっておっしゃる面白い先生なんだって!」と聞いてほんの軽い気持ちで、「ウィメンズクリニック神野」の説明会に参加しました。
説明会のあと、個別相談をして頂けることになり、
神野先生に「1回も移植してないの? もったいない!」
渡辺さんに「そんな治療してて妊娠できるの? 歳とっちゃうよ?」
と言われたことが新鮮かつ衝撃で、またそのときのことすべてが鮮明で今でも忘れられません。

確かに「私はこのままでは妊娠ができない!」と思ったのです。気づいたというべきかもしれません。
移植すらできない現状を初めて鑑みることができた瞬間でした。
すぐに神野先生のところに転院しようと決め、翌日には、渡辺さんに言われた通り予約の電話をしました。
紆余曲折の不妊治療のなかで、たったひとつ、この決断は間違っていなかったと、今思い返しても心からそう思っております。

もともとブライダルチェックも必要ない、下らないと思うほどの病院嫌いで、ここ13年ほどは健康診断、ましては子宮のことなど考えたこともない典型的な無知がゆえ、高齢不妊患者となって37歳から近所にあるクリニックへ通院をはじめました。
一通りの検査をしましたが、主だった不妊原因はないとの診断でした。
栄養指導を重視しており、高額なサプリメントを勧められ、あくまでもステップアップにこだわる治療方針に疑問を持ち、人工授精になるタイミングで転院を決意。
新たに別のクリニックを受診すると、卵巣膿腫と診断されました。
体外受精の前に手術をとのことで、総合病院に転院。そこで新たに卵管留水腫だとわかりました。
結果、両卵管を失うことになり、体外受精でしか妊娠を望めない体となりました。

手術を終え、治療を始める時、卵はたった1個。2個もいらない。妊娠できるかは1回目の体外受精できまると言われ、本当にたった1回で終わるのだろうかと術後ということもあり不安になりました。
そこで、地元を離れ都内のクリニックへ転院をすることにしました。
こだわったのは、低刺激であるという点です。
薬を極力使わない、体に負担のないという謳い文句は非常に魅力的だと思っていたからです。

日本橋の、ある自然周期クリニックへ通院を決めました。
こちらでは新宿のクリニックとは違い小卵胞も採卵、培養してくれるとネットで情報を得たためでした。
また説明会で誘発の薬が卵巣をダメにしていく、自然周期の素晴らしさに感銘を受けたためです。
初診でAMHの低さ、テストステロン(男性ホルモン)の高さを指摘されましたが、指摘のみでとくに治療や対処はありませんでした。
主人の精子所見においては、重度の男性不妊。奇形率が非常に高く、直進率も悪いとの診断でした(運動率は低いと2つの前クリニックでも指摘あり、奇形率については初めて知ることでした。)
このことから、体外受精ではなく、顕微授精対象となること、また卵管がないことから移植は胚盤胞移植に限るということ。
クリニックの方針で、移植は凍結胚(つまりは凍結胚盤胞)で行うとのことでした。

これより私は、5回の採卵・顕微授精をすることになります。
主席卵胞だけでなく小卵胞も採取するので、2個~7個ぐらいの卵胞がとれました。
とはいえ変性や空砲が多く、主席が取れたのは2回ほど。成熟卵が1〜2個と、小卵胞は成熟することはほぼありませんでした。
受精こそクリアするものの、4分割、もしくは桑実胚になる手前で成長がとまり、どの胚も凍結には至ることはありませんでした。一度だけ胚盤胞になりかけた胚がありましたが、凍結基準に満たず破棄したとのことでした。
翌周期、生理3日目の診察では前周期の振り返りがあり、モニターで卵の写真をみながら
「卵の質が悪かった」
「綺麗な分割ではなかった、フラグメントが多すぎる」
「腐っとる」
などの評価でした。
そして、また新たな採卵周期が始まるといった同じサイクルです。

通院していたクリニックでは「卵の質を上げる方法、エビデンスはない」という方針。
そのため、運命のたった1つの卵を待つしかないんだと思い、それを信じていました。
そして、自分が高齢であること、卵の質、重度の男性不妊であることも十分承知していたので、致し方ないという思いからです。

通院中にクリニックへの不満はとにかく混んでいるということ以外、何一つ不満はありませんでした。
すごい技術をもつお医者さまに診てもらっているんだ! ありがたいという思いのほうが強かったからです。
ただ、不思議というか腑に落ちない出来事が1回ありました。

助成金の申請時においてです。
市区町村指定書類に記入し、発行済領収書を添付して受付にて依頼をするのですが、本来医師が書くべき欄も患者が記入するスタイル。
今回の治療という項目で、
「体外受精・顕微授精・移植」
の箇所において、“体外受精”にチェックをしたところ、受付の女性に「間違ってます」と言われました。
何かを問うと「うちは体外受精してないんですけど?」と書類を突き返されたのです。「顕微授精だったんじゃないですか?」とぶっきらぼうに言われました。
申し訳ありませんと、訂正をして事なきを得たのですが、疑問の残る、しこりがある出来事となりました。

というのも、通院中仲良くなったどの患者さんも顕微授精をしていたからです。
理事長に最初の問診で精子奇形率のイラストを見せ合ったりして、重度の男性不妊だったと皆声を合わせて申し合わせていました。
数多くの患者さんのブログなどを拝見しても「ふりかけ」、いわゆる体外受精だった人は見受けられず、わたしたち(患者)は顕微受精を選ばされてるんじゃないかという強い疑念が湧きました。
また、看護師さんがこのクリニックでは理事長が研究検証するために開院したというような話を聞いたことがあったからです(これはあくまでも私が聞いた雑談レベルの話です。)

大変混んでいるクリニックで受付の方はいつもピリピリしていることが多く、感じ悪いな、嫌味っぽいなと感じることもしばしば。
そのなかでピカイチの対応だったため(笑)、非常に強く印象に残りました。

治療を思い返し振り返ると、ひとつだけ他のクリニックと「ウィメンズクリニック神野」がまったく違うところがあります。
それは、はじめて「治療」を受けられたということです。
PCOSであること指摘されたのは2度目でしたが(2番目のクリニックで指摘のみありました)、メトホルミンを処方してくれるなどの治療を施してくださったのは神野先生が初めてでした。
そして、何より初回の採卵でスプリット(体外受精と顕微授精をそれぞれ行うこと)をし、私たち夫婦は体外受精ができると新たな可能性を示してくれたことです。

また、妊娠にいたるまで、4回の採卵、5回の移植を要しましたが、結果が出なかった時には、違う方法を試してみよう! と患者である私の身体を診て治療方針を示してくれました。
他のクリニックではなかった体験でした。決まった治療方針に沿っていくのではなく、神野先生はわたしのことを診てくれているんだと実感することが多かったです。

「胚盤胞移植でないと、卵管がないからダメなんです。」※1
「主人は重度の男性不妊なので体外受精ではなく顕微授精にしてください。」※2
無知な私の申し出に対しちょっと呆れながらも、だけれども先生はしっかりと説明してくれました。
体外受精は卵管障害の患者に施した術であること、以前は胚盤胞移植など行っていなくても妊娠している実績があること。
顕微授精は弱い卵にはとてもリスクがあること。マウスをつかった実験でそれがあきらかなこと…

実際に妊娠したときの胚はすべて体外受精です。
そして、前クリニックでは胚盤胞に一度も到達できませんでしたが今回も含め3回、胚盤胞にたどり着くことができました。年齢を重ねてしまったにもかかわらずです。
卒業検診において、転院先の紹介状を書いてくださっているとき、「医療技術の差を感じただろう」とにっこり笑いながら自信たっぷりに言われたことが忘れられません。
本当にその通りだと思いました。

自然周期、薬を極力使わない、体に優しいというのは、とても魅力的に感じます。
ただ、妊娠ができるのかどうかは別問題です。一度も移植ができない、妊娠するチャンスももらえませんでした。
38歳から39歳までの2年間の治療中、一番年齢をかさねた40歳で私は結果を出すことができました。
あのまま、日本橋のクリニックに通院していたら、今もなお妊娠することは叶わなかったと思います。

あくまでも、これは私自身の体験であって全ての方に当てはまる話ではないと思います。
ですが自然、ナチュラル、低刺激の言葉の響き、聞こえはいいのですが、私のような治療が必要な患者には適当であったのか。
E2、LHを見て決められたパターン化された採卵で、一度も移植に結びつく卵を得ることができなかった私にはただただ疑問で、病院の主義や枠にはまった治療には強い疑念すら残ります。

自然周期こそ唯一体に負担のない、採卵方法であり、HCGは体にのこり、誘発は卵巣に悪影響があり機能までもが悪くなる…
私は、PCOSですが一度もOHSSになりませんでしたし、卵子の質がもっとも下がる曲線にあるのに、1年後の卵で妊娠することができました。
妊娠はゴールではないですが、妊娠しなくては始まりません。

凍結胚盤胞だけが妊娠できる唯一、確率の高い移植だ。
卵管障害(閉塞)のため、胚盤胞移植しかかなわない。
など迷われてる方がいたら、私のような患者がいることを知っていただきたく、拙い文章ではありますが書き記させていただきました。

最後に私が「ウィメンズクリニック神野」に通ってよかったことを3つ紹介させてください。

・神野先生が診察をしてくれる。

ひとりの先生が診てくれるということが、とても安心でした。
また培養師の方だけでなく、神野先生自ら卵を確認してくださることも衝撃的でした。


・卵の質を改善する術を示してくれる。

先生のメソッドは人間が生きて行く上で健康になるためのエッセンスだと思いました。 実行していないことがわかり怒られもしましたが、頑張ると結果が伴いました。 出産後も実行していきたいことばかりです。


・いつでも前向きにさせてもらえる。

神野先生ほかスタッフの皆さんが明るく、頑張ろうという気持ちにさせてもらえました。

以上です。



※1 卵管回帰説
受精卵は卵管から栄養をもらって着床に至るため、卵管障害(切除や閉塞)の患者は胚盤胞のみの移植が有効。2番目に通院していたクリニックでは、上記のことから胚盤胞移植しか無理だと説明されました。
※2 3番目のクリニックで顕微授精しかない精子だと言われていました。

46歳6ヵ月で妊娠 47歳で出産予定です

 まさか自分が不妊治療を受けるとは思ってもいませんでした。主人は30歳前半と私達は年の差夫婦です。結婚したのが私が45歳になる手前でした。少しでも可能性があるなら子供は欲しいけど、最初から諦める必要はないし、できる事はやってみようと二人の考え方は同じでした。
 主人の体調があまり良くなく月1回の私の排卵日にタイミングさえ合わない日が続くと焦りが生じて、来月に期待しようと思う繰り返しの日々でした。正直これでは子供が授かるわけがない、それじゃなくても自分の年齢から時間がとっくに過ぎていて先がないのにと思い、勇気を出し主人に話してみました。

 「検査してみない?」「そうだよね、僕も思っていた。」との返答にその先どうしていいのやら?どこに相談していいのか?わかりませんでした。思いつく言葉を入力しネット検索していきました。この時私の中で病院選びは慎重でした。
 どこの病院だって来た患者さんに対し拒否する所はありませんが厄介な人は診たくはありません。私の場合子供が欲しいと言われても45歳、普通なら歓迎どころか今から?どうして?と言われてもおかしくない年齢なのです。

 探していくうちに都内にある有名不妊治療専門病院を見つけました。芸能人の方も多くこの病院らしきで治療している情報だったので、まず検査だけでもと思い主人が電話をしてくれました。仕事の休憩中に連絡したそうで、受付の対応もだけど直接先生に代わってもらって話したんだけど、「僕はこの病院に診てもらうのは嫌だな。折角探してもらった所だけどごめんね。」と主人に言われました。寂しそうな表情をしながら言われたので私もインスピレーションでしたが「やめよう そこは」と思いました。

 その後再び病院探しをし、女優の加藤貴子さんの記事を見つけました。44歳46歳で出産、不妊治療を乗り越えての内容に引きこまれました。内容を読んでいくうちに、この病院で診てもらえたらどんなにいいだろう~と思いました。
  私の住まいは千葉県です。片道2時間少し、乗りかえ5回の場所でしたが主人も加藤さんのブログを読んで「いいかもね。電話してみるね。」と言ってくれました。予約は主人がし、受診する事ができました。受診後すぐ私に電話が入り
 「今から言う事よく聞いて!精子の状態はよくないけど僕より奥さんの年齢の方が…」
 「1日も早く診てもらった方がいいから予約して!」
  「受付さんに電話代わるからね。詳しい事は帰ったら話すから。」と流されるままに私の予約をとりました。

 主人が帰宅してから、男性不妊だった事、先生と話した事、受付・看護師さん達はベテランさんのような事、全体的な雰囲気もわかる範囲で一生懸命私に伝えてくれました。「45歳で子供欲しいの?」とか言われたら、言われなくても雰囲気で伝わってきたらどうしよう~?とビクビクしていた私の心が主人のイキイキした話し方で少し楽になりました。「僕はこの先生に診てもらいたいと思うし、専門医なだけでなく本気でやっている人だと思ったよ。」「物事はっきり言ってくれるし、根拠もしっかりしている。とにかく診てもらえばわかるよ!」と。
  私の年齢を言えばいい顔する先生などいない中、奥さん早く呼んでと言ってくれる先生はいないと思いとても有難いと思いました。

  初日はとにかくドキドキで初めて聞く内容に驚くことばかり、できる検査はしてもらいました。ただ一つ、私達夫婦に真剣に向き合ってくれている先生の姿勢に主人が言っていた「診てもらえばわかるよ!」と言っていた意味がわかりました。
 私の職業は看護師なのですが、分野が全く違うので正直素人です。この素人に先生がわかるように説明する内容は大変なものだと思いました。

 クリニック主催の不妊説明会にも二人で参加させて頂き、衝撃的な事実も知りました。37歳から急激に卵子の老化が10倍加速で進む事や、45歳自然妊娠確率は1%、体外受精しても5%の確率、帰りの電車で二人でびっくりして言葉になりませんでした。
  ただこの話を聞く事ができただけでも有難いねと言いながら帰宅しました。

 主人も私もこのクリニックで頑張ろう、やるだけやってみようと考えも一致していたので、本格的に治療に専念する事にしました。二人でできる事は全てやるという気持ちでいたのでまず、私達が教えて頂いた下記の項目から実施しました。

 不妊改善策として
① 1日45分のウォーキング
(この数年で8㎏体重が増えたので毎日歩き、走りました。)
② 規則正しい生活
(夜勤専門の看護師だった為仕事を休職しました。退職を申し出たのですが、理由を話したら休職扱いにして下さいました。)
③ 食事の取り方の工夫
Ⅰ. 朝食は看護師さんに教えて頂いたキャベツ+玉ネギスープを取り入れ今も続けています。お陰様で5ヵ月で-5㎏達成しました。
Ⅱ. 自然食に興味があったので、料理にも取り入れたりしました。
Ⅲ. 野菜から食べる事にし、バランスも考えるようにしました。

 主人は職場に行く際、電車とバスを使用していましたが、バスではなく徒歩にし、雨の日だけバスに。お酒が好きなのですが週末だけに。休日は二人でウォーキング、マラソン 寒い冬は耳が冷たくなりサランラップを巻いて歩いていました。

  先生が一生懸命やり方を考えてくれても、こちら側も同じ気持ちで努力しないと結果は出ません。中露半端な事をして後悔はしたくはないよねと二人で話していました。

 9月からクリニックのお世話になり、1回目の体外受精は残念な結果に。
  2回目はなんと妊娠したもののすぐ早期流産になり、45歳という年齢の現実に向き合う事になりました。最初から先生に言われた事は、
「年齢的に何回体外受精してもできる人はすぐできる事もあるし、できない人は10回やってもできない。4回目目安かな?」
  主人が「とにかく全て先生の言う通りにすればいいんだよ!僕は専門医じゃないし正直この分野は難しいよ。でも先生は色々な事考えて言ってくれている。根拠があっての事で言ってくれてるのわかるから納得もできるしね。4回目まず目安に頑張ろう。45歳だからすぐにとはいかないだろうし、4回で妊娠するんじゃない?」と。
  体重も増えたのもあり厄介な私に色々やり方を考えて下さった先生です。そしていつも先生から旦那さんと仲良くしてくださいねと言われました。この言葉を言われた時、先生やっぱりすごいとビックリしました。夫婦の関係で一番心のつながりが大切だと思っていた私は、この心のつながりがなくなるとストレスになり赤ちゃんは授かりにくいと思っていたのです。
  実際に私の友人で、夫婦でギクシャクしてしまい子供ができない事に焦り関係が悪くなって離婚しました。再婚後彼女は旦那様と二人の人生も考え、夫婦で楽しむ生活をしていました所、子供ができ今では二児のママさんです。

  1回目の体外受精からずっと主人は私のお腹に顔をあて話しかけてくれました。「○○○ちゃん、10ヵ月後に会いましょう~」と毎回同じ事を言うので笑ってしまいます。たまには他の話はないものか?と。
 「折角治療するなら楽しく考えて行こう。」大変な事だけど「辛い辛い、悲しいと思っても授かるわけがないもんね!」と前向きな考えをしていこうといつも言っていました。
  それに人生のうちほんの数ヵ月~ 私の場合は時間がありませんでしたので。今しかなかったのです。結果はどうであれ将来、一生懸命やったもんね!と笑って人生過ごして行く為にも。
  結婚式、新婚旅行、冷蔵庫購入予定も後回しに、とにかく第一優先はこちら。
  わずかに貯めたお金も全てこちら治療費に。お金は働けば作れるけど、赤ちゃんは今しかできない。二人の考えはいつも一緒でした。
  平成30年明け3回目の体外受精も残念な結果に終わりましたが、毎回やり方を考え、一生懸命に私達に子供を授けようとしてくれている先生の姿勢が伝わってきました。 私の場合、土日に採卵日が当たってしまう事も多く日々忙しくしている先生が、土日も診てくれている事に真剣さが伝わって来たものです。
 看護師の方に「先生休めてるんですか?」と聞くと「お正月3日間とあと数日くらいかな~」と言っていました。
 職場で私も色々な先生を見てきましたが、患者さんの為にそこまで一生懸命になれる医師って数少ないと思います。有名病院で大きな病院、スタッフも大勢いるのがいい病院と思いがちですが、やはり人そのものだと思いました。
  平成30年5月、4回目(私達の目安はここまでと思って望んだ日でもあります。これが最後かもしれない)の体外受精。
  判定日、ドキドキというより怖い気持ちでした。全て受け入れる日。よくここまで頑張ったね!と自分をまず褒めてあげました。クリニック行く前に、今回の結果でこれからの人生また考えて行かないとな。とか、色々な事が頭をよぎりました。主人が4回目でできるかもよ!と言った言葉も思い出しました。
  予約時間が15時。採血後、なかなか呼ばれずにドキドキ感が増している中、やっと呼ばれました。「おめでとうございます」と先生、スタッフの皆様から拍手を頂きました。涙がドバ~と出てきて、「本当に?これが最後だと思っていたので」と言いました。
  2回目、早期流産を経験したので、高齢妊娠は継続する事が重要な事も知りました。
  現在、間もなく13週に入ります。今回で神野先生の診察も最後になりました。約11ヵ月お世話になっていたのでとても寂しい気持ちです。予定日は来年、47歳での出産になります。無事元気な赤ちゃんを産んで、先生、スタッフの皆様にご挨拶に来たいと思います。

  今回ご縁があってウィメンズクリニック神野に来る事ができました。主人も私も「神野先生じゃなかったら私達は子供できなかったね!」と言っています。こじんまりした温かい雰囲気で、話しやすく何でも聞けた看護師さんには本当にお世話になりました。だからこそ、リラックスもできて信頼して頑張って来れました。加藤貴子さんの「大人の授かりBOOK」もとてもわかりやすく、心強い本で勉強にもなり、心の支えにもなりました。

 神野先生、スタッフの皆様、11ヵ月間本当にどうもありがとうございました。

平成30年7月

 スタッフのみなさま、お変わりなくお過ごしでいらっしゃいますでしょうか。 たいへんお忙しい毎日をお過ごしのことと思います。
 昨年、3250gの女の子を無事に出産することができました。8ヶ月をむかえ、大きな問題もまったくなく元気に成長しています。
 先生に授けていただいた娘は、本当に愛おしく、大切に大切に育てていきたいと、抱っこをしながら眠りにつく娘を見て、ときどき涙ぐんでしまうほどの気持ちになります。私たち夫婦がこうして娘と過ごしていられることは奇跡のようなことだと感じております。
  初めて先生にお目にかかった日、私を診て下さった先生の「助けてあげられそうだよ」というお言葉に救われて以来、約6年にわたってお世話になり、先生、看護師さんをはじめスタッフのみなさまに支え、見守っていただきました。この長い長い日々を振り返りますと、いつも感謝の気持ちで胸が熱くなります。治療を重ねていく中で、私たち夫婦は「神野先生に診ていただいて、その結果子供を授かることなく2人の生活になったとしても、すべてを受け入れて終わりにすることができるね。」と話しておりました。この先生にかかっても結果が出なかったら納得ができると思える先生に出会うことができたのは幸せなことだったと感じております。
 先生にすべてをお任せし穏やかな気持ちで治療を続ける日々でした。もちろん残念な結果になるたびに悲しく、涙することもたくさんありましたが、先生にお世話になることに迷いはなく、何度も何度も頑張ることができましたのは、スタッフのみなさまが与えてくださった心からのお気持ちがあったからだと思います。産婦人科医をしております母も、私たちの気持ちが伝わり、長い間静かに見守ってくれました。
 回数を重ねておりましたし、私の年齢も考え、後半は治療を終わりにする時期を考えなくてはと思ってもおりました。しかし先生が一生懸命私たち夫婦に子供を授けて下さろうと次の方法を考えて下さるお姿に、もう少し頑張ってみようと気持ちを新たにしてヒシエキスを飲んで体外受精を試みました。
 そして、もうそろそろ終わるときを決めよう、穏やかに終わることができるかな、十分なことをしていただいたなと思っていたときに、先生からの「おめでとう」の拍手、みなさま並んでの温かなお顔と拍手。体の震えが止まらずに、看護師さんの手に支えていただいたことを今でも思い出します。どこかで無理だとも思っていました。悲しい結果を受け入れられると思っての判定日。主人と私の今までが大きく変わった日でした。
 私たちには2人で過ごす生活も合っているのかもしれないと、幸せを感じることもできていましたが、新しく加わった幸せは種類の違ったものでした。長い治療の生活は辛くなかったといえば違うかもしれませんが、辛く感じた記憶はほとんど残っておりません。クリニックに伺うときはいつもなんとなく温かな気持ちでした。それは先生、スタッフのみなさまがいてくださったから、そして主人、家族、親しい友人が支えてくれたからだと思っております。お世話になりながらいつも思っておりました。先生方が私たち患者のために、どれだけお忙しく大変な日々を送られていらっしゃるかと。どうぞお体をおいといくださいますよう、心よりお祈り申し上げます。そして、先生に救っていただく心より心より感謝申し上げます。本当にどうもありがとうございました。

 先生、スタッフの皆さんお元気でお過ごしでしょうか。お手紙遅くなり申し訳ございませんでした。
2015年6月に女の子を出産しました。通院中は大変お世話になりました。お世話になったなんて言葉では足りませんね。私達夫婦にかけがえのない存在を授けていただいた事に感謝の気持ちでいっぱいです。
 私達が先生の診察を初めて受けたのは2012年の春でした。まず色々な検査の中で主人の尿酸値を指摘して頂きました。今は薬を飲み、正常値を保っています。そして45分歩行、早寝早起き、食生活の指導とあった中で、病院の帰りにはいくつか手前の駅で降りて帰ったり少し遠いスーパーまで歩いて行ったりしました。食事もクリニックで教えていただいた野菜スープをよく作ってインスタントやファストフードは避けるようにしていました。それでも私はなかなか卵が育ってこず誘発剤を打ってもらっても卵胞が見えない事が続くと、どうしてなんだろうと…と焦りと悲しみが入りまじった味わったことのない苦しい気持ちになっていました。それでも次こそは…と思えていたのは「ひとつの卵でいいんですよ!」と言っていただいていたのと、いつだったかどなたかのお手紙で見た「ルーレットは回さなければあたりは来ない」というような言葉を見たからでした。続けなければ結果は出ません。神野先生も様々な方法を考えて下さり、採卵・移植までできた事も何回かありました。それでも長いこと卵ができなくなり、神野先生に早発卵巣機能不全の専門病院への転院をすすめられました。申し込みをして初診を待つ間にもできる事をやろうと神野先生が提案してくださったヒシエキスを飲む方法でなんと2つの卵が育ち採卵、移植していただきました。判定の日、先生や皆さんにおめでとうと拍手をしていただいた事と握手をした神野先生の手の感触は忘れられません。卵が1つしかなくても採卵の時に先生は「僕は上手だからね。採卵の失敗はしないよ」と言われた事も忘れられません。先生に出会いこのクリニックに通えて本当に良かったと思っています。治療では夫婦で同じ方向を向いて一緒に進んで行かなければならないことを教わりました。これは治療だけでなくこれからの人生の中でも大切な事だと思いました。
 それから入院の事も書かせてください。神野先生に紹介していただいた病院の産科の先生に診ていただきました。21週の検診で頸管が20mmを切り、入院になりました。毎日不安の中で過ごしヒシエキスをいただきたいとクリニックに電話した時に神野先生の声を聞いたとたんに涙があふれてしまいました。「泣いたって仕方ないんだからきちんと寝ていなさい」と言われ「とにかく28週までがんばれ」と励ましていただきました。心のどこかですぐに退院できるだろうと思っていたため産科の先生に「出産まで退院できないよ!」と言われた時はカレンダーを見てまだまだ先の予定日までを数えて泣きました。入院中にどれだけ泣いたのかわかりません。それでも神野先生とクリニックの皆さんに授けていただいた命を守る為だ、私は幸せ者なんだと思ってがんばりました。出産後には怖いなー、と思っていた産科の先生も「よくがんばったね」と言って握手してくださりました。
無事に出産できて、今、子育てに追われている毎日ですがとても幸せです。この幸せをくださった神野先生、クリニックの皆さんへの感謝を忘れずにいようと思います。いつか皆さんに娘を見ていただきたいです。
 このクリニックで本当にたくさんの大切な事を教えていただきました。今通われてる皆さんにも多くの幸せが訪れる事を願っております。
 先生、皆様、本当にありがとうございました。先生のますますのご活躍をお祈り申し上げます。

神野先生,スタッフの皆様へ
こんにちは,ご無沙汰しております。
慌ただしく毎日が過ぎていて,ご報告が遅くなりましたが,5月に無事に元気な男の子を出産することが出来ました!しかも3645gとジャンボな子です!
高齢出産で不安や心配事も色々ありましたが,今ではそれがウソの様に可愛い我が子の笑顔に癒されています。
年齢的に少し諦め気味だったのですが,こちらに通院してから,ちゃんと治療に向き合い,希望が持てる様になりました.そして しかも短期間で授かる事が出来て本当に感謝しています.44歳というこれからの第2ステージ,パワフルに子育て頑張って行きたいと思います

神野先生、クリニックの皆様お元気ですか。今年は、5月のうちから真夏のような気候。皆様、体調を崩されておりませんでしょうか。

我が家も,あわただしい季節からひと段落。これから家族のゆっくり時間も持てそうです。

おかげ様で娘は幼稚園の年長になりました。一人っ子の我がまま娘になることの心配をしていましたが,幼稚園で年下の子の面倒をみたり,赤ちゃんを見かけると『可愛いね~♡』と,いつの間にかお姉さんぽく成長してきました。
今月は幼稚園の農園行事,毎週のようにジャガイモ掘り,田植え.親も一緒に泥んこになります。
娘のおかげで親も色々な経験をさせてもらっています。幼稚園生活もあと一年.親も一緒に楽しみたいと思います♪

2015年帝王切開にて元気な男の子が産まれました。おかげさまで母子共に元気にしております。

初めて産声を聞いた時は自然と涙がこぼれ幸福感に包まれた感覚になりました。一度目の体外受精がうまくいかず,こんなにやってもだめなのか… と絶望的になり待合室で思わず泣いてしまったとき先生が気付いて励ましてくださいました。そして昨年に実母が他界した際は「泣いてる場合じゃない,気持ちを切り換えなさい」と激励してくださりました。三度目の体外受精が成功して無事に出産し先生のおかげと感謝しています。

今,スヤスヤと寝ている息子を見るとあきらめなくて良かったと心の底から思いますし,感謝の気持ちでいっぱいになります。これからもたくさんの困難があると思いますが神野先生のところに通っていた日々を思い出して親子3人で乗り越えていこうと思います。 本当にありがとうございました。

神野先生,スタッフの皆様お元気ですか。おかげさまで女の子を出産しました。生後1ヶ月を過ぎましたが,ますます大きく元気に育っております。

私は,同じくこちらで授かりました上の娘を連れて通院しておりました。クリニックではいつも私達を暖かく迎えていただき大変ありがたかったです。 1人目の出産から年齢も上がっておりましたので,正直なところ,途中であきらめようと何度も思いました。でも神野先生が「まだ方法はあるからがんばろう」と私にも分かりやすく,その方法を時間をかけて説明してくださいました。 採卵手術の時も,先生は患者の痛みが極力少なく済むように,最善を尽くして下さいました。私の場合ですが,術後の痛みはほとんどなく,体の回復が早かったです。

上の娘は神野先生のことが大好きで,クリニックに行くのが楽しみのようでした。診察室の先生の隣でお絵かきをしている娘の姿を,時々なつかしく思い出します。
私達夫婦に2人も子供を授かる事ができ,夢のようです。本当にありがとうございました。
これからも1人でも多くの方に幸せが訪れますようにお祈りしております。

こんにちは,神野先生スタッフの皆様お元気でお過ごしでしょうか。

おかげさまで,今年(2015年)無事元気な男の子と女の子の双子を出産することができました。双子でしたが,赤ちゃんたちは37週までおなかの中で過ごすことができました。 女の子は若干体重が少なかったですが保育器に入ることなく元気で,男の子は双子にしては大きく生まれたので周りの人は驚いていました。 赤ちゃんを授かり,無事出産,毎日成長していくわが子を見ることができ,今とても幸せです。これも神野先生やスタッフの皆様のおかげです。

なかなか妊娠することができず,他クリニックで不妊の原因を調べた時にAMHが検出できず,「あなたは赤ちゃんを授かるのはもう無理かもしれない」と言われました。そんな絶望のなか,神野先生に「救ってあげるから」と力強く言ってもらえた時のことは涙が出るほど嬉しく,今でも忘れません。 その言葉通り,体外受精で妊娠することができ,しかも双子!一生子供を持つことはないのだと諦めていた私が2人も授かることができ夢のようです。

その幸せをかみしめながら子育て頑張っていきたいと思います。神野先生,スタッフの皆様,本当にありがとうございました。

神野先生、スタッフの皆さんへ

今日まで本当にお世話になりました。先生を初めスタッフの皆さんには、心から感謝申し上げます。
私は、先生の所へ通われている方々の中では、早く妊娠できた方だと思います。それでも、治療中は先の見えない暗いトンネルの中にいるような、これまでには経験したことのないような不安の中にいました。自分を責めたり、夫を困らせたり、辛い日々もありました。毎月生理が来る度に崩れるように泣きました。
そんな中、体外受精へのステップアップを勧められて参加した不妊相談会が、大きな転機となりました。改めて、先生の不妊治療にかける熱い想いを知り、その温かい人間性に触れ、ここに通っていて良かった!! 絶対大丈夫!!と思うことが出来ました。その日の個別相談では、先生に思わず、『先生に出会えたという事だけで、赤ちゃんが出来る気がします!』と宣言したのを覚えています。相談会当日に生理の出血があり、看護師さんに泣きながら話を聞いてもらいましたね。それで本当に救われました。スタッフの方の優しさと笑顔にもいつも助けられていました。働きながらの通院で予約の際にはいつもわがままを言い、受付のお2人には沢山ご迷惑をおかけしました。
妊娠判定の日、皆さんが待合室に来て下さり、「おめでとう!!!」と言って下さったあの瞬間の感動と、握手をして下さった先生の手の感覚は一生忘れません。これからも夫と2人で、お腹の中のこの命を全力で守っていきます。先生、皆さんどうかお身体を大切にして下さい。そして、ここに通われている全ての方々が、赤ちゃんを授かる事が出来るよう祈っています。今日まで本当に本当にありがとうございました!!!

神野先生、スタッフの皆様

日に日に暖かくなってきましたが、皆様お元気でお過ごしでしょうか?
娘は早10ヶ月になり、健康にすくすく育っています。
妊娠中もなるべくウォーキングを心掛けていたおかげで、無事安産で出産することができました。本当に可愛くて、授乳で寝不足でも子どもを見ると疲れも吹き飛んでしまいます。
 初めてクリニックに来院した時、先生が「夫婦お互いにHAPPYな気持ちでいることが一番!いつも笑顔で!」と言われていたことがとても印象に残っています。不妊治療はゴールが見えない分、本当にメンタル面が重要だと思います。
 こちらでは、最初の2ヶ月で夫婦そろってしっかり検査してもらえたので、それまで分からなかった問題が分かってとても安心しました。
 子どもは2回目のIVFで無事授かりました。妊娠判定の日にスタッフの方々がみんな集まって拍手してくださり、神野先生から「妊娠していますよ」と言われた時にはびっくりして思わず泣いてしまいました。本当に嬉しかったです。
こちらのクリニックを訪れていなければきっと子どもを授かることはできなかったと思います。本当に感謝しています。忙しい毎日をお過ごしだと思いますが、どうかお体を大切になさってください。そしてこれからも、たくさんの悩めるご夫婦の希望の光としてご活躍、ご発展なさることを心からお祈り申し上げます。夫婦二人で努力して授かったこの新しい命をこれからも大切に育てていきます。本当にありがとうございました。

先生、スタッフの皆様へ

上の子ども二人の妊娠では大変世話になりました。この度第三子を自然妊娠して、2900gの元気な男の子が誕生しました。
三人の子育ては大変ですが、一人目を授けて下さった時に先生から「おめでとう!」と言ってもらえた時の、嬉しくて涙があふれた日のことを忘れずに、大切に育てていきたいと思います。本当にありがとうございました。
どうぞお体を大切に、益々の御活躍をお祈りしております。

神野先生、スタッフの皆様

大変ご無沙汰しております。無事出産しましたがご報告が遅くなりすみませんでした。
予定日は元旦でしたがお正月も無事すぎてホッとしたのか、年明けに元気な男の子を出産致しました。1人目は予定超過の入院での出産でしたが今回は自然と陣痛がきて、本格的に痛くなってから3時間弱での安産でした。
 一人目を授かるのに時間がかかり、当時は一人いてくれたらそれだけで十分と思っていましたが、子育てをしていくうちに治療して授かれるのなら…と欲が出てきました。二人目は精神的にとてもリラックスしていたからか、すぐ授かることができ感謝しています。
 不妊に悩んでいた20代、0だったかもしれない私の人生に2つも宝物を授けて下さり、心から感謝しております。先生だけが頼りの患者さんもたくさんおられると思います。くれぐれもお体ご自愛くださいね。ありがとうございました。

神野先生、クリニックの皆様 御元気ですか?
御陰様で先日元気な男の子を出産する事ができました。
判定日に先生からおめでとうと言って頂いた時の感動は今でも忘れません。
幸せな妊婦生活、そして痛い痛い陣痛、そして我が子に会えた事、先生にお会いしていなければどれも叶う事がなかったと夫婦共々感謝の気持ちでいっぱいです。
 育児は初めての事だらけで大変な事も多いですがそれ以上に赤ちゃんの笑顔も泣き顔も可愛くて幸せな気持ちです。主人は自分に似ていると言われることがとても嬉しいようです。
感謝の気持ちを忘れずこの子を大切に育てていきます。本当にありがとうございました。
皆様お忙しい事と思いますが、どうぞご自愛ください。