16
「おまえの親父は本当に大した剣士だったぜ。血まみれになっても降伏しようとしないんだからな」
ボルはレナードを憐れむような目で見ながら話し始めた。
「あれだけの腕があれば、捕虜になってもいい暮らしができたはずなのになあ・・・」
カシムも遠くを見るような目で言った。
「父は降伏しなかったのか・・・」
その事実にレナードは複雑な思いだった。
やはり父は臆病者ではなかった。だがそれよりも、とにかく生きていてほしかった。
「そうガッカリするなよ。おまえの親父の最後はカッコ良かったぜ!」
「・・・ぐひゅひゅひゅひゅひゅ!最高だったな!」
「・・・教えてくれ」
「あぁ、教えてやるとも!おまえにも親父のようになってほしいからなあ、くくく」
言葉とは裏腹の歪んだ笑顔に不快さを覚えたが、レナードはとにかく知りたかった。
「俺達もおまえの親父ががんばるところを見てたんだけどよ、いつまでたっても倒れないじゃねえか。
本当に強い親父だったな」
「ぐひゅひゅ!強い強い!」
「くくく・・そこで俺達は考えたのさ。その強い親父を倒せば、俺達の株はもっと上がるってな!」
「・・・嘘を言うな。おまえ達ごときに父が倒されるはずはない」
「くくく・・・話は最後まで聞きな。もちろん正面から戦っても勝てないのは俺達もわかってたさ。
だが、後ろからならどうかなあ?」
「父が簡単に後ろを取られるものか!」
話を聞くにはレナードは冷静さを欠いていた。
剣を強く握り、ボルに迫った。
「おいおい、だから最後まで聞けって。後ろっていうのはそういう意味じゃねえさ。
俺達が捕虜兵になったのは覚えてるよなあ。おまえの親父さんには本当に世話になったぜ。
捕虜上がりの俺達にも良くしてくれてなあ」
「そんなことは聞いていない!」
レナードは剣をボルの顔先に突きつけた。
すると、カシムが間に入りボルを引き下げた。
「おっと、慌てなさんなって。落ち着けや、坊や」
「おお、怖い!最後まで聞けって、何度言わせる気だ?話すのをやめてもいいんだぜ?」
「・・・・・・」
レナードは肩で息をしながら剣を下ろした。
「それでいいんだ、坊や。続きを話してやるよ。いいか?確かにまっとうなやり方じゃあ、
おまえの親父は倒せないさ。だが、誰にでも弱点はある。そうだろう?」
「おまえの親父の弱点は、甘ささ」
「ぐひゅひゅひゅひゅひゅ!甘い甘い!」
甘さ。
レナードはその意味を考えた。
確かに父は甘いところがあった。
この三人を助けたのもその甘さのためだ。
・・・・・甘さ?
「わかったか?親父は俺達を捕虜兵だと思い込んでたよなあ。その俺達が殺されそうになっていたら
どうすると思う?」
「ぐひゅひゅ!当然、助けようとするよなあ!」
レナードは彼らが言わんとしていることにぼんやりと気づいてきた。
「くくく、俺達が寝転がって助けを求めると、当然やって来た」
「しかし、周りは敵に囲まれ喉元には剣を突きつけられている」
「ぐひゅひゅ!そこで俺達を助けるように命乞いをしだしたのさ!」
レナードの勘は当たっていた。
「くくく!剣を捨て、遂には降伏したのさ!俺達のためにな!」
「助ける必要なんてないのになあ!」
「ぐひゅひゅひゅひゅ!」
レナードは黙って聞いていた。
「お?どうした?ショックだったか?面白くなるのはこれからだぜ?」
「そうだぜ、坊や!心の準備はできたか?」
「ぐひゅひゅひゅひゅ!早く俺にも聞かせてくれ!」
レナードは黙って聞いていた。
「くっくっく。俺達はすぐに立ち上がったのさ。おまえの親父に真実を教えてやるためにな」
「驚いた顔してたぜ!」
「ぐひゅひゅ!思い出すなあ〜!」
レナードは黙って聞いていた。
「何か言いたそうだったぜ。何も言えなかったけどな。
それで俺達の方から言ってやったのさ」
「助けてくれてありがとうってな!」
「ぐひゅひゅひゅひゅひゅひゅひゅひゅひゅ!」
レナードは黙って聞いていた。
「捕虜になるように勧めてやったんだぜ?でも、ガンコな親父だったよ」
「となると、結果は一つしかないよなあ?」
「死だ!ぐひゅひゅひゅひゅ!」
レナードは黙って聞いていた。
「くくく、誰がやったと思う?」
「誰だろうなあ〜?」
「ぐひゅひゅひゅ!早く教えてくれ!」
レナードは黙って聞いていた。
「俺さ!!助けてもらった俺が殺したのさ!地面にうつぶせにしてなあ」
「ひぃーひっひっひ!俺が押さえつけてなあ!」
「ぐひゅひゅ!俺も足を押さえたぜ!」
レナードは黙って聞いていた。
「ズバッとな!首がゴロゴロ転がったぜ!」
「ひぃーひいー!良く転がったよなあ!」
「ぐひゅひゅひゅひゅ!もう一度見たいもんだぜ!」
「見せてやるよ」
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「は?坊ちゃん、何か言ったのか?」
「首が転がるところを見せてやるっていったんだよ」
「くくく、自分が何を言ってるかわかってるのか?」
「わかってるさ。おまえの首を飛ばしてやる」
レナードは無表情で言った。
「ぐひゅひゅひゅ!こりゃ最高の冗談だぜ!」
「くくく、全くだ。一度も人を殺したことがないおまえが殺せるっていうのか?」
「おまえが一人目だ」
次の瞬間、ボルの首は宙を舞っていた。
「な・・・」
驚くビートの横を首はゴロゴロと転がった。
ビートは信じられないという表情で、先程までしゃべっていた仲間の顔を目で追った。
「ビート!」
カシムの警告の声にビートは振り向いた。
振り向いた瞬間、レナードの剣が肩口をかすめた。
「ぐぁっ!」
ビートは苦痛に膝をついた。
その顔の上に影が射した。
「ひ・・・やめてくれ!」
ビートは後ろに下がろうとした拍子に仰向けに倒れた。
冷酷な顔でレナードが見下ろしている。
そして剣先は正確に喉元を狙っていた。
「やめてくれえ!!」
絶叫したビートの顔の真横に剣が突き刺さった。
見上げるとカシムがレナードに組みついていた。
「邪魔するな」
レナードは剣を地面から引き抜き、カシムを振り払った。
「ま、待ってくれよ、レッド。い、いや、レナード」
カシムは大柄な自分を簡単に押しのけたレナードの力に驚いた。
「お、俺達は何もやっちゃいねえよ。全部、ボルの野郎がやったことさ」
レナードは何も言わず迫ってきた。
「か、勘弁してくれ!お、俺は悪くねえ!」
カシムは後ずさった。
木の根につまずきカシムは倒れた。
その上にレナードはゆっくりと立った。
「や、やめてくれ!殺さないでく・・・」
カシムの首は胴を離れ、ゴロリと転がり、木の根に当たり止まった。
「ひ・・ひい」
振り返ったレナードの顔を見てビートは恐怖した。
笑っている。
恐怖を与えるのを楽しむかのように、レナードはゆっくりと近づいて来る。
「た、助けてくれ!笑ったのは悪かった!この通りだ!」
レナードは目の前に立った。
「この通りだ!」
ビートは土下座した。
そして、上目遣いにレナードを見た。
何か思案しているような顔をしている。
(今だ!)
ビートは隠し持っていた短剣をレナードの胸に突き刺した。
「ぐ・・ぐひゅひゅ!」
ビートは、してやったりとレナードを見上げた。
そして、凍りついた。
笑っている。
次の瞬間、ビートの首も宙を舞っていた。
「・・・くく。くくくく」
三体の胴が横たわる茂みの中、不気味な笑い声が響いた。
「くくくくくく。・・・・・面白い」
レナードは血まみれの手を見つめ笑った。
人を殺すことのなんと簡単なことか。
何故、今までこんなことが出来なかったのだろう。
「くくくくく・・・・・ははは・・・ははははは!はあっはっはっ!!!」
物言わず転がっている首を見て、レナードは笑いが止まらなかった。
人を殺すことのなんと簡単なことか。
そして、なんと愉快なことか。
もっと殺す。
もっと首を飛ばす。
もっと。
壊れてしまった胸のアミュレットを外すと、レナードは日が沈むまで笑い続けた。
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レナードは常に前線で戦う様になった。
そして、何十人もの敵を斬り刻んだ。
レナードの変貌ぶりに誰もが驚いた。
そして、その戦い振りは誰もが認めるところとなった。
いつしか、レッドという呼び名には、「赤ん坊」ではなく、「血を好む者」「危険に向かう者」という意味が込められる様になった。
実際、レナードは死を恐れていない様に見えた。
むしろ、危険に向かうことに、死に向かうことに、生き甲斐を求めている様だった。
それはいつしか隊規違反につながった。
退却の命令をかえりみず、レナードは戦い続けた。
レナードの変貌ぶりは戦いだけにとどまらなかった。
ことあるごとに酒を飲み、暴れるようになった。
性格も粗暴なものとなり、組織の中で機能するには不適切な存在となっていった。
レナードもそれを察知し、隊に別れを告げた。
戦力的には優秀なレナードだが、止められることはなかった。
そして、レナードは冒険者としての道を歩きだした。
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