<どこかで見た連中(1)>

 何気ない平和な日。
 こんな日も冒険者にはある。というより、 それが日常。
 「冒険者だって毎日闘ってるワケではありませんものね〜」
 誰にともなく呟いて、アリシアは手の中の紅茶椀を傾けた。
 ここは『神々の導き亭』……いわゆる冒険者の店と呼ばれる類いの酒場である。その一角を陣取って、淡い金の髪を窓からの陽光に輝かせながら彼女―アリシア―は優雅に午後のお茶を楽しんでいた。……はっきりといって店の雰囲気にはあっていない光景である。
 「のどかですね〜……」
 ほのぼのとくつろぐアリシアに、正面に座っている黒髪に黒い瞳の細身の青年が読んでいた本から顔を上げた。
 「……平和なのは良いが、仕事がないのも困ったものだな」
 「あら?でもわたしがいない時にウィルとレッドさんのお二人でなにか依頼をお受けになったと伺いましたけど〜?」
 「……まあ、そういうこともあったな。急に君が旅にでるとか言い出したものだから、とりあえず他に何人か見繕ってやったんだが……」
 ぱたん、と本を閉じて、ウィルは果実の汁がはいったカップに手をのばした。
 「はい〜。レッドさんに伺いました〜。申し訳ありませんでした、急ぎの所用でしたもので……」
 確かに、この酒場になにやら知らせが届いた後のアリシアの行動は意表を突かれたと言っても良い。血相を変えて店を飛び出していった時のアリシアの様子は、今までの印象をぬぐい去って有り余るものがあった。
 旅から戻って来てしばらくたった今は、もとのようにのほほんとしているのだが……。
 「いや……その用事とやらは片付いたのか?」
 「……はい、とりあえず、は……」
 薄紫の瞳がすこしだけ揺れた。
 「えと、ところでレッドさんは具合でも悪いんですか?」
 「気にするな。いつもの胃痛だ」
 「お前が答えてんじゃねぇ……くそう……いてえ……」
 ぐったりとテーブルに臥して、苦しそうに見事な赤髪を乱しながらレッド……レナードが呻いた。
 「だから酒は飲むなと言ったんだ。大体お前は後の事を考慮しなさすぎる」
 「いーんだよ、そんとき幸せならそれでっ」
 がうっと吠えかかるように顔をおこし、またつっぷす。
 「っだーっ!ちくしょー、こうなったら飲むに限る!!」
 「レッドさん〜!」
 「……お前な……」
 勢い良く起き上がったレナードに怒った声と冷たい声が注がれた。
 「……わたしもう知りませんからね〜……またお腹痛めて呻いてらしてももう絶対心配なんてしませんから〜。あ、そんなときにお夕食なんてとんでもないですよね〜。わたし、ちょっと美味しいお店など見つけたものでお二人お誘いしようかと思ってましたけど、ウィル、レッドさんおいて今夜行きませんか〜」
 「……そうだな」
 「お前らな〜……」
 世にも切な気な声でレナードが崩れ落ちた。
 「この世には神もいないのか……って神よ許したまえ……くそ〜……」
 「神官にはあるまじき暴言だな……」
 (はじめから大人しくしていらっしゃればよろしいのに……)
 心の中で呟いてアリシアはこっそりと笑った。
 ばんっっっ。
 「……この店の扉は、いつか壊れるんじゃないか……?」
 「そうですね〜……皆さんもう少し静かに開かれたほうが……あら〜?」
 激しく扉を開いて駆け込んで来たのはアリシアにもましてこの店に似つかわしくない少女。15歳ほどだろうか、なにやら息をきらして必死の表情で立っている。背後から「お嬢様〜っ」と言いながらおろおろと老人が独り入ってきた。
 「お仕事がいらしたみたいですね〜?」
 ちょっと不謹慎なことをアリシアが口の中で呟く。と、立ち尽した少女がぼろぼろと大粒の涙を零して泣き始めた。
 「アリシア、行ってやったらどうだ?こういう時は女のほうがいいだろ」
 ウィルが小さな声で促す。頷いて立ち上がったが、それよりも早く。
 「どうした、お嬢ちゃん?」
 「……レッドさん、素早いです……」
 呆れて思わず感心してしまった。
 「あいつの守備範囲ぎりぎりか……」
 ぽつりとウィルが呟き、アリシアは急に痛みだした(ような気がする)頭をおさえた。ゆっくりと近付いて、少ししゃがんで目線をあわせる。
 「どういたしましたの〜?」
 少女の柔らかな栗色の髪をそっと撫でると、しゃくりあげながら少女はなんとか言葉を発した。
 「わ、わたしの、私の宝物が、っく……なくなっちゃったの!」
 ここまで言うのが限界らしく、あとはもう言葉にならずにただ激しく泣き続ける。そっと抱き寄せて軽く背中を撫でてやると、アリシアのローブを掴んで泣き出した。  「えっと……おい、ウィル。爺さんの話聞いてやれよ」
 あぶれたレナードがまだおろおろとしている老人の様子に気付いて、やってきたウィルに声をかける。
 「お前が聞くということはないのか?……まあいい、で、なにがあったんだ?」
 「お嬢様の宝物が、盗られたようなのじゃ」
 「宝物……ですか〜?」
 アリシアの声に胸の中の少女がこくこくと頷く。
 「宝物とは、お嬢様のお母さまの肖像画ですじゃ」
 「……肖像画、だと?」
 「はあ、あの……こう、ペンダントなのですじゃ。表が肖像画になっておりまして、裏が鏡というもので……実は、お嬢様のお母上は三年前にお亡くなりになっておられましてな……お嬢様にとられましては大切なお母上の形見でもおありになるわけでして……」
 「…………宝物、ですわね……本当に……」
 アリシアはきゅっと唇を噛んだ。
 「あなたのお名前はなんとおっしゃるの〜?」
 そっと頭をなでて聞く。少女は少し身をはなして、小さな声で、
 「エルフォナ……」
 呟いた。
 「エルフォナさんね〜?いつごろ、宝物はなくなったのかしら〜?」
 「昨日……お出かけしたとき……」
 「あのね、わたしたちが取り戻して差し上げます〜。だから、もうちょっと詳しく教えてくださいな〜?」
 「それならば、わたしがお答えしますじゃ」
 老人がうまく話せないエルフォナを見かねたのか、おずおずと言った。
 「ああ……では、まず。それは盗まれた、のか?」
 アリシアに軽く頷いてみせて、ウィルが老人に話し掛ける。アリシアはまたすすり泣きを始めたエルフォナをそっと抱き締めながらウィルに感謝した。
 「そのペンダントとやら……絵自体に価値があるように思えんが……そのペンダントになにかあるのか?高価なものとか」
 「鎖と台座が金で出来ているので、それなりの価値はありますですじゃ。綺麗な絵ではありますが、それ自体の価値は……存じません、が……お嬢様にとられましてはそれ以上の物ですじゃ。お願いです、どうぞお嬢様の願いを、聞き届けてくだされ」
 必死に拝むような仕草をする老人をとどめて、レナードが、囁くような小さな声で
 「この子の父親はいないのか?」
 「……おられます、が……お忙しくてあまりお嬢様の事をお構いにはなられませんで……」
 「そうか……可哀想にな」
 眼が少し優しく細められる。
 「よし、俺たちに任せておけ!なっ、ウィル、アリス!」
 「……私たちは冒険者だ。報酬さえきちんとしていれば、依頼は受けるさ」
 二人の言葉にエルフォナが顔をあげる。泣き腫らしたその顔に、アリシアはにっこりと微笑んでみせた。
 「とにかく、どう言う状況で盗られたのだ?」
 「そういえば……身に付けてたのですか、置いてでかけたのですか〜?」
 「持っていったんだけど……暑くて、上着を脱ぐ時横に置いておいたら、なくなってたの……」
 さっきよりは比較的落ち着いた様子で語るエルフォナは、その時のショックを思い出したのか、ぐっと口元を引き結んだ。
 「そう……どこで、外したのかしら〜?」
 「街の、中央市場の銅像のとこ……銅像にかけておいたの」
 「あの広場の銅像のことか……あそこは置き引きが多いからな……」
 自身も盗賊であるウィルの言葉にアリシアはちょっと眉をよせた。
 「あれだけ手際がいいとなると、それなりに手の早いものに違いありませぬ」
 老人が力を込めて言う。自分が付いていながらこのような自体に至った事がよほどく悔やまれるようで、
 「受けてくださいますか……!」
 すがるようにウィルを見た。
 すこし疲れたように溜め息をつきながらウィルが頷く。アリシアも老人を見上げて、
 「ええ、もちろん。エルフォナさんの宝物、取り戻して差し上げますわ〜」
 きっぱりと告げる。
 (……忘れたくない、無くしたくないものは、あるのよ……誰にだって……)
 揺れる、蒼。優しく、自分だけを見つめて……。
 「わたしたちが、取り戻します〜」 
 はっと顔をあげた少女にふんわりと微笑んでみせる。  「俺たち3人が組んで解決出来なかったことはないからな!」
 「おお……ありがとうございます!なんとお礼を言ったらよいのやら……」
 「お姉ちゃん、お願いしますね!」
 期待に顔を輝かせて老人とエルフォナが言う。
 「ええ、任せておいてくださいな〜」
 微笑むアリシアに安心したようにエルフォナが初めて笑顔になった。
 「おう、お兄ちゃんにも任せとけ!」
 にやりと笑うレナードにも、
 「もちろん!お兄ちゃん達にもお願いします!」
 嬉しそうに笑ってみせた。いつものように無表情に腕組みをして立っているウィルもエルフォナの笑顔を向けられて、
 「……まあ、任せておけ。こちらはプロだからな」
 ぽんぽん、と軽くエルフォナの頭を叩いて言うウィルに、横からぼそぼそと、
 「……ウィル……ロリコンは犯罪だぞ……」
 「…………やかましい」
 みぞおちをどつかれて苦しむレナードを背後に隠して、ウィルは不器用に微笑んでみせた。
 
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