<どこかで見た連中(2)>

    「では、申し訳ありませんがわしらはそろそろお屋敷のほうにもどらねばなりませんので……よろしくお願いしますじゃ」
 なんども頭をさげて老人とエルフォナは戻っていった。
 「ボードウィン家でわたし……ザサスと申しますが、わたしを呼び出していただければ良いようにしますじゃ」
 老人の言ったボードウィン家の名前にアリシアは聞きおぼえがあった。
 「ボードウィンとおっしゃると、この街ではかなり大きな商家でいらしたとおもいますの〜。ですけど……」
 「ふむ。まあ、怨恨ということはなさそうだな。仮に商売敵に恨みなど買っているとしてもこんなみみっちい仕返しはすまるい」
 「ですね〜」
 相づちを打ってアリシアは愛用のスタッフを取り上げた。
 「そろそろ、まいりましょうか〜」
 「俺はいつでも準備できてるぜっ」
 すでに扉にむかって歩き出しながらレナードが答えてよこした。くすくすとわらってアリシアがその後を追い掛ける。
 「……やっぱり細かい事は私まかせか……報酬など気にもかけないのだな……」
 先程他の二人がエルフォナにかまけているあいだの老人との交渉を思い出してウィルは本日何度目かの溜め息をついた。
 市場のある広場はいつもの喧噪に満ちていた。
 「ええと、こちらでしたね〜」
 迷いもなくすたすたと人の間をぬって歩いていくアリシアの後ろを、周囲に気を配りながらレナードが追っていく。ウィルは独り、自分も所属するこの街の盗賊ギルドに赴いていた。別れ際にいささか不安そうにレナードに送っていた視線を思い出してアリシアは微かな笑いを浮かべる。
 問題の銅像は広場のまん中にあった。
 「これは……そうでしたね〜」
 「母子像だな」
 少し寂しそうにレナードが呟く。
 「おふくろか……」
 「…………」
 そっとレナードの側を離れて、銅像の周りの出店の一つによった。
 「あの〜」
 「へい、いらっしゃいっ!」
 「そのフルーツサンド、おいしそうですね〜。」
 「おう!うちのはとれ立て果実の美味しさをそのまま街へっていううまさだ
よっ!」
 威勢よく店の青年がいう。
 「素敵ですね〜。お一つ、くださいな〜」
 「ありがとう!はいよ!」
 受け取って、代価を払う。
 「あの、ところで、昨日もこちらにお店を出してらっしゃいましたか〜?」
 「ああ、いつもここでやってるよ」
 「では〜、最近この辺りで、なにやら胡乱な人物など〜。御覧になりまして〜?」
 「あ〜?……そういや、昨日泣いてる嬢ちゃんを見たね。なんか盗られたみたいだったけど」
 「……その、お嬢さんがお泣きになるまえに、なにか〜……不審な事など、ありませんでしたか〜?」
 果物を日陰に移しながら青年が首を傾げる。
 「不審ねえ。……犯人っつーか、なにやら小柄なやつがそんとき走っていったのを見たから、子供かもね。やったのは」 
 「子供……?子供が盗みを〜?」
 「この辺じゃストリートキッズのほうが危険だぜ、あんたも気をつけな」
 青年にいわれて初めて、自分が胸元のペンダントをいじっていた事に気が付き、苦笑する。
 「ええ、ありがとうございました〜」
 「またきてくれよな!」
 明るく笑う青年に会釈して、レナードのところへ戻る。
 「おう。……グラスランナーってこともあるかもな」
 「聞いてらしたんですね〜」
 「そりゃな。しかし、ガキは関わりたくねえなぁ……どうする?1人つかまえて聞くか?」
 「う〜ん……ウィルを、まちましょう〜」
 「ま、そうだな。なんか掴んで来るかもしれんし。俺らは買い物でもするか」
 「そうですね〜」
 歩き出しながら手にしていたフルーツサンドを一口かじる。甘く、ほのかに酸味がただよった。
 「おいしい〜……」
 思わず顔をほころばせる。温い果物は、懐かしい味がした。
 「あ、あれいいですね〜」
 通りぞいの出店を冷やかしていると後ろから冷めた声が響いた。
 「……仕事をしろ、と言わなかったか?」
 「あら、聞き込みはすませましたわ〜」 
 振り返ってウィルに悪戯っぽく笑ってみせる。
 「で、ウィルはどうでしたの〜?」
 「首尾は上々か?」
 「……まあ、な。……子供らしい。やったのは」
 「やっぱり〜……」
 「おいおい、まじだったのか」
 「分かっていたのか?」
 アリシアはふるふる、と首を振った。
 「さきほどお店の方にうかがったんです〜」
 「そうか……まあいい。とにかくやったのはアザムという15の子供だ。バッカス通りの裏道にいるらしい」
 言って、ウィルはスラムのほうに手を振ってみせた。
 「よし、行ってみようぜ」
 「全員で行きます〜?ウィルに、行っていただいたほうがよいのでは〜」
 「ああ、そうか。アリスはつれていかない方が無難かもな」
 「……そういう場所なのですか〜?」
 少し眉を寄せて思案する。できればあまり胡乱な場所へは行きたくはない
 「……そうだな、まあ相手も相手だしな。私だけでいこう。同じギルドの人間には手をださないだろう」
 「そう……ですか〜?」
 心配そうに見上げるアリシアにちょっとだけ頷いてみせる。
 「……じゃあ、わたしはこの辺りにいます〜」
 「任せたぜウィル。俺も残るわ」
 「ああ」
 軽く後ろに手を上げて、ウィルは人込みに消えていった。
 なんとなく顔を見合わせて、再び残った二人は品物を物色し始めた。
 「…………おい。お前がアザムという者か?」
 薄汚く細い裏道の片隅に転がっている少年を見つけ、声をかける。上げられた顔は今にも泣き出しそうだった。
 ギルドで聞いて来た人相と一致する事を確認し、アザム本人である事を知る。
 「え……誰だ、あんた……」
 「私も盗賊ギルドの者だ。悪いようにはしない」
 「ギルドの……?で、何の用さ」
 きっと視線を強めて、必死に虚勢をはっている少年に少し苦笑を浮かべる。大人になめられないための姿勢だろうが……そうすることでかえって子供らしさが表に出てしまっていた。 
 「ちょっと聞きたい事があるだけだ。……お前、この間ペンダントを盗んだだろう?裏に女性の肖像画のあるものだ」
 「……」
 ウィルの言葉にふっと表情が崩れた。と、ぼろぼろと瞳から涙がこぼれ落ちて、食いしばった口元からうめき声のように言葉がもれる。
 「あ……あれなら、売っちゃったよ……」
 「……それがお前の『仕事』だろう。何を泣く事があるのだ?……誰に売った」
 「モーゼのおやじんところだよ……」
 あいつか、と心の中で顔と名前を一致させる。故買屋であまり人相の良くない顔をしているが、それほどあくどい商売はしていない。……はずだ。
 「いくらで売った?買い叩かれでもしたのか」
 「200だよ……適正価格だと思うってギルドの人も言ってた」
 洟を啜りながらなので不明瞭な事このうえない。
 (やはりアリシアもつれて来るべきだったか……)
 子供相手に少し戸惑いながらそんなことを思ったが、まわりの胡散臭さと、目の前で恥も外聞もなく泣きじゃくっている少年もやはり裏の世界に属する人間である事を思い、訂正する。
 「……お前一体、何を泣いているのだ?仕事だったんだろう?」
 「だって…………好きだったんだ……」
 「…………は?」
 聞き違いかと思って思わずまじまじとアザムを見つめる。少年はしかしそんな視線にはかまわず、ぽつりぽつりと、宙を見つめながら言葉を紡ぐ。
 「好きだったんだ……あのこが。名前なんか知らないし、全然俺なんかと住む世界が違うのも知ってる……」
 「でも、ずっと憧れてるんだ……。あのこが笑ってるのを見かけるだけで、俺、すごく幸せな気分になれるんだ。滅多に、見かけることすらないけど…………」
 「…………」
 そっと壁に寄り掛かり、隣にしゃがみ込んでいるアザムを見おろす。少年の肩はまだ細くて小さく、余りにも頼り無かった。
 「だから……だから俺、なにか…………あのこの物が欲しくて、だから……」
 「……彼女は、泣いていたぞ?」
 「知ってるよ!!」
 振り絞るように言って、アザムは自分のひざに顔を埋めた。
 「知ってるよ……すごく、泣いてた……俺が、泣かしちゃったんだ……っ…………すぐ……だから、すぐに返そうと思ったんだ……」
 「そう……なのか」
 そっと相槌をうつウィルの声は常になく穏やかで、おそらくレナードあたりが聞いたら耳を疑うに違いない、と心の中で苦笑する。
 「では……なぜかえさなかった?」
 「返せなかったんだよっ……ギルドの人に見つかっちゃって……アガリの一割を払えって……」
 溜め息をつく。200の一割など微々たるものだが、日々をかつかつで生き延びている彼のようなストリートチルドレンにとっては余りに大金だ。たしかに、上納金を入手するためには仕事の代価を得るしかなくて、つまりそれは……
 「それで、ペンダントを売るしかなかったわけか」
 「うん……」
 言って、また泣き始めた少年に戸惑う。
 「……やってしまったことにどうこう言うつもりはないが、泣いていても仕方ないだろう」
 こんなふうに説教している自分に嫌気がさして、言葉も溜め息混じりになる。それを自分に対する呆れと思ったか、顔をあげてぐしゃぐしゃの表情のままアザムがうん、と頷いた。
 「お前にとって大金なのもわかるが……だが、本当に後悔しているのなら責任をとろうと動くべきだったな。売り払ったのまでは……ギルドが怖いのも判るが、買い戻そうとしなかったのか?」
 「したよっ!したけど……お金、持っていったのに……もう、売れちゃったって…………」 
 「……何!?売れたのか!?」
 思い掛けないことにウィルの顔に動揺が走る。
 「うん……おやじが500で買い戻させてくれるって言うから俺、必死に仕事して稼いだのに……1500で、売れちまったとか言うんだっ!」
 最後のほうはほとんど悲鳴に近かった。他に誰もいない路地に、少年の絶望を現すように声は虚ろに小さくこだました。
 「俺……だから……だから…………っく……あ、あやまりたいのにっ……あの、あのこの、な……名前も、知らない……んだ……っ……うう……」
 「…………」
 無言でぎこちなくアザムの肩に手を置くと、一瞬びくっと身体に緊張が走ったがそのまま堰が切れたように泣き続けた。
 (私は……向いてはいないんだが……)
 泣きじゃくる少年に視線を落として、呆れの感情の中にその素直さにうらやましさを感じた。
 (こんな風に泣けたのは……いつのころまでだったのだろう?) 
 自分の子供時代などほとんど振り返る事はない。自分は、それを振り切って、自分の世界を手にするためにここへ飛び出したのだから。それを……『家族』という鎖を断ち切って…………。
 「すまなかった。お前は、努力したのだな……」
 できるだけ優しく肩を叩く。
 「お前は……がんばったんだな……」
 少しづつアザムの泣き声が小さくなっていった。手を離して腕を組むと、ウィルは壁から身を起こした。
 「アザム……お前、誰に売れたのか、聞いたか」
 「……知らない。そこまで……気が回らなかった。俺、今から聞いて来るよっ」
 がばっと少年が立ち上がる。涙の跡はあったが、もう泣いてはいなかった。どうやらウィルの意図と、自分にもなにかが出来そうだと言う事に思い当たったらしい。
 「……ふむ。じゃあ、頼もう」
 「あ、と……時間、かかるけど……」
 「そうか。では……市場の、あの銅像の所にいる。そこに来てくれるか?」
 「わかった!いそいで行くよ!」
 路地を走って出ていこうとするアザムを、ウィルはふと呼び止める。
 「なに?」
 「……あの少女の名は、エルフォナ、だ」
 「…………」 
 目をまるくしてウィルを見つめ。
 少年は一転して笑顔になった。
 「行って来る!」
 残されたウィルは、子供相手にどうしても少し甘くなってしまう自分に溜め息を付いた。しかし……こんな自分は、嫌いではなかった。
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