<どこかで見た連中(5)>

 北の山までは半日。
 夕刻に街を出たのでそれ程行かない内に日が暮れだした。
「あれ?今度は料理しないのかい?」
 果物などで軽く食事を始めたアリシアに、レナードが不思議そうに聞いてきた。
「あ、はい〜。今回は短そうですし、ちょっと荷物を置いて来たんです〜」
「そうか〜」
 少し残念そうに呟いて、渋々と言った感じに自分の荷物から干し肉を取り出す。
(もしかして……期待なさってたのかしら)
 そう思うとなんとなく申し訳ないように感じたが、どうもいまは料理などをする気になれない。普段はなにか手作業をすることで気を紛らわせたりするのだが――。
(もうすぐ、あれから3年……)
 全てが始まったのは自分がまだ15の時。なにも知らず、ただ優しさだけを享受していたあの幸せだった甘い時間。
(不思議ね。外の世界がこんなにも明るいなんて)
 ただひたすら、その時を取り戻すためだけに飛び出して来たのに、今はその状況を楽しんですらいる。どんな思いに触れても胸の痛みは癒える事はないけれど。
「しかしな〜、猿か……」 
 レナードのぼやきに顔をあげる。
 彼はよせばいいのにまた酒に手をだしていた。
「ええ、猿ですわね〜」
 まったく、こんなに猿に縁があるなんて。
 くすくす……とアリシアが笑うのにレナードは憮然とした。
「ったく。今度も増殖なんてしてたら嫌だぜ。斬ってもたいして手ごたえねーから面白く無いし、第一金にもなんないんだからな」
「物騒なことをいうな。……おそらく大丈夫だろう。あの鏡はアリシアがしっかりと封印してギルドに引き渡した。だろう?」
「あ、はい〜。ちゃんと注意もしてきましたから〜、おそらくもうきちんと保管されているはずです〜。猿ごときでは手も足もでませんの〜」
 自分に向けられた言葉に慌てて頷く。そんな彼女に少し怪訝そうなまなざしを向けて、ウィルは手元のパンをちぎった。
「おそらくあの鏡を捜してやっている事だろうな。同じ型ということもなく手当りしだいという所は猿の猿たる所以か」
「はた迷惑な猿だぜ」
「本当に〜」
(全く、本当にはた迷惑な猿ね)
 内心、溜め息をつきながら毒づく。
 あの鏡―――この仲間たちと引き受けた最初の仕事で手に入れた、ゴーレムを作り出してしまう魔法のかけられた鏡。もう誰も使用できないようにとの判断で魔術師ギルドに引き渡すことにしたのはいいのだが……。
(あのあと、まさかあんなに早く追っ手がかかるなんて思わなかったわ……さすが父様といったところですけど、他の街で手続きしてよかった……)
 盗賊ギルドほど徹底はしていないものの、魔術師ギルド――賢者の学院にもそれなりの組織力というものはある。そして貴族連盟にはいうにおよばず。
 今度は実にすばやかった。その小さな街の魔術師ギルドの支部にアリシアが顔をだし、鏡を適当な代価と引き換える。そして名乗る……アリシアと。名前だけなら一致する冒険者も数多く存在するだろう。しかしその冒険者というには目立ち過ぎる容姿。特徴的な薄紫の瞳、輝く金の髪。なにより胸にかけられた透き通る蒼のペンダント。
 自分を見る係の魔術師の視線の変化に気付いて彼女が街を抜け出した頃、入れ代わりのように近くの街にいたらしい追っ手がギルドに向かっていた。間一髪逃れたアリシアはそれからしばらくの間幾つかの街を転々として回ったのだ。
(まだ、戻れません。ごめんなさい……父様)
 はふ。
 溜め息はわがままを通す自分への呆れとこれからいつまで続くか判らない自分の旅に。それと――――
「うぐぐぐ……い…………いてぇぇぇ…………」
「……学習能力は猿にもおとるのか……?」
 脂汗をたらして呻くレナードにあきれと幾分か笑いを含んだ視線を向けて、アリシアは食事を終えた。
「はー……」
 目前に聳え立つ塔を見上げてアリシアは溜め息をついた。
 長い長い山道をのぼった挙げ句が5階程はありそうな石造りの大きな塔。いい加減足も疲労しようというものだ。
「どうした?」
 全く疲れてなどいなさそうなウィルが振り返る。
「なんでもありませんわ〜。高いな〜と……」
「ああ、そうだな。なんの為に建てられたものかは知らんが随分重厚なつくりのようだ。あちらとあちらに入り口があったが……」
「南と北、か」
 太陽を見上げてレナードが呟く。時刻はちょうど昼頃、太陽は南中している。
「どうします〜?入ったのと反対から猿が出ていったらちょっと間抜けですね〜」
「まあ、来た方向から入ればいいだろう」
 南の入り口を示すウィルに頷いて、レナードが腰に付けて居た鏡をアリシアに渡した。 
「これは結局あんまり意味なかったな。ま、予備ってことだったしな、ありがとよ」
「いえ……」
 大事そうにポーチにしまい込む。割れないようにきちんと小布で包んで。
「いくぞ。猿だけとは限らん、気を抜くなよ」
「へっ、なにがいようが斬るだけよ」
 物騒な台詞を吐くレナードに少々引きながら塔のなかに入る。薄暗く黴臭い廊下は3人がゆうに並んで歩ける程だった。
「やっぱり階段……」
 ちいさくうんざりした声でつぶやくアリシア。それを制して、足音を消したウィルが目の前にのびる上への階段の脇にあった扉にそっと近付いた。

 「…………っ!」
 途端にほんの僅かでは有るが確かに顔色が変わる。つづいて後ろから覗き込んだ2人も室内の光景に言葉を無くした。
「こ……これは、あんまり良く無いような気がしますの〜……」
 ひきつった声でアリシアが囁く。
 彼女の視線の先。蝋燭の明かりにぼんやりと照らされた窓のないその部屋の中で、漆黒のローブを着た何ものかがその目の前の石でできた祭壇らしきものに祈りを捧げて居た。よく見ると祭壇の上には女性が1人鎖で繋がれて横たえられている。ぐったりと目をつぶっていて、意識があるかはわからない。
「妖しい事このうえないな」
「…………斬るか?」  
 ひそひそと会話する間にもローブの人物の声がだんだんと声高になってゆく。妙にぼんやりとしたような低い声が幾つもの炎をふるわせる。
「まぼろし……なんてことはないでしょうか〜」
 ふと、古い迷宮に仕掛けられることのある罠を思い出した。しかしこれは幻と言うにはいささか現実味がありすぎる……塔にはいっていきなりこんな儀式にでくわす現実というのもなかなかなものだが。
「幻だと考えているのか?」
「いえ……そうかも、と思ったんですけど〜」 
 ばさっ。 
 ローブが振われ、ひときわ大きくなった詠唱の声が室内に響いた。
「あいつはなんといったんだ?」
 その詠唱の言葉はレナードにはわからなかった。掠れた声が彼の疑問に答える。
「この……このものの命を捧げる……生け贄を受け取りて……我に……力を……」
「ちっ!」
 舌打ちするなり素早く剣を引き抜き、レナードは部屋のなかに飛び込んだ。
「あっ」
 一瞬の行動にアリシアが罠を懸念して慌てる。自分も飛び込もうとしたが前に居たウィルがそれを押さえた。
「死にたく無ければ弁解してみろ!!」
 レナードが吠え、長剣の一撃をローブの人物に叩きつけんと突進する。その切っ先が届くよりも早くそいつは振り向き。
「みたなあぁぁぁぁぁぁ」
 虚ろに声が割れ、青黒い顔の頬が見る間にごっそりとこそげおちた。ローブの隙間から覗く手足も皮膚がぼろぼろに崩れ、ところどころに磨かれたように白い骨が姿をみせている。
「い……いやあああっっっ」
 とっさにウィルが身体でアリシアの視界を塞いだが、一瞬はやくその光景をみた彼女の咽から細い叫びが洩れた。
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