<どこかで見た連中(6)>

「ちっ……くさってやがるっ」
 生ける死人……そうとしか思えない姿ではあったが、いくら考えても知性があるゾンビなど覚えは無い。意外に素早い動きでレナードの攻撃をかわして、反対に突っ込んで来た戦士に飛びかかろうとする。
「レッドさん危ないっ」
 魔法で援護しようと素早くスタッフをふりかざした。
「『万能なるマナよ、我が……』」」
「アリシア!後ろだっっ!!」
 ルーンをかき消して響き渡るウィルの声。
 すっ……と背後から冷たい気配になぞられたような悪寒が走って、急激に身体から力が抜けていく。
「くっ……う……」
 なんとか堪えて背後をふりかえった。わだかまる深緑の闇……人型をとってそれは再びアリシアと、先程素早くよけていたウィルに手を伸ばしてくる。
「こ……れは……」
「ナイトストーカー、アンデッドですっ!」
 叫ぶなり早口で新たな古代語を紡ぐ。
「死者は大人しく眠ってなさい!」
 皓い光が鋭く走って人型の闇を貫く。
 ぎゅおおおお…………。
 消え入るような呻き声をあげてナイトストーカーが揺らめいた。
「霧のようだが、剣は通じるのか!?」
「こいつは大丈夫!」
 アリシアの返事に素早く腰の中剣を抜きはなって斬りつける。少し柔らかいが確かに『斬った』という手ごたえを感じた。 
  「ちっ……」
 ウィルの背後で白い光が閃いた。レナードがしっかりと踏ん張って呪文の効果に耐えきる。
「大丈夫か!?」
「へ……こんなんじゃきかねぇよ」
 かすかに咳き込みながらそれでもしっかりとした声で答えるレナード。ローブの怪物が悔し気にスタッフを構えなおした。
「へへ……わりいな、そんなにやわな神経してないもんでね」
 にやりと笑って再び突っ込んでいく。
「きゃ……」
 小さな悲鳴。
 いつの間にかすぐ目の前に迫って来ていた深緑の闇がウィルの腕に触れた。
「ぐ……な、るほど」
 僅かに、ではあるが、気力が萎えていく。身体がではなく心が疲弊してゆくのだ。
「これではアリシアが……」
 中剣でそれ以上の接触を退けながら隣の魔術師に意識をうつす。彼女はまた触れられてしまったらしく、その表情に浮かぶのは憔悴の色。それでも迷う様子もなくその唇から再び紡がれる詠唱。
「き……えて……よ……っ!」
 その言葉にも力はない。しかし彼女の意志の具現化ともいえる光の矢は間違い無く現われ、確かな皓い軌跡を描いてナイトストーカーを切り裂いた。
「あくうっ……」
 アリシアの限界まで精神力を使用した一撃も、確かに相手にダメージを与えはしたが、消し去るまでにはいたらなかった。
 ふらつく彼女に寄っていこうとした闇を牽制するように割り込んでダガーをふるう。しかし、思いのほか頑丈な存在に呆気無く弾かれた。
「おい、大丈夫か!?」 
「気にするな、それより!」
 一瞬こちらに気を移したレナードにローブの半屍人が襲い掛かる。
「へっ、甘ぇんだよっ」
 なんなくそれを剣で受け流して切り返す。
 ざくり、という手ごたえとともに躯から流れ出す腐った体液とその腐臭が咽を灼いた。眉を顰めて飛び退る。
「げ……あっぶねぇな、かかるところだったぜ……」
 口元に浮かぶのは愉悦の笑み。
 彼は、楽しんでいた。

 どさ……。
 あっけないほど軽い音をたてて、金色の波が埃だらけの床に広がった。
「アリシア!!」
 崩れ落ちた魔術師の姿を目にして、背中を一瞬ぞっとするほどの冷たさが走り抜けた。同時に自分にものびてきた緑の闇の触手をかわし、鋭い一撃を叩き付ける。
 ぐん、と重い手ごたえを感じた。
 ひきゅぁぁぁぁぁ…………っっ!
 かん高い悲鳴が鼓膜を震わせる。すぐ間近に迫ってきていた触手が一気に退いて闇が収縮する。かなりの痛手を与えたようだった。
 其の隙に力無く横たわるアリシアに駆け寄り、抱き起こす。ぐったりと意識はなかったが、呼吸は微かにあった。
「……」
 彼女の取りあえずの無事を確かめ、瞬間耳にはいった凄まじい絶叫に顔をあげる。
「あばよ」
 笑い、ともとれる楽しそうな別れの言葉と供に与えられた一撃が、半屍人を目覚めることのない虚無の眠りへと導いた。
 剣にこびりついた腐肉を払うこともなくレナードが駆けてくる。
 一回り小さくなったように見えるナイトストーカーがその進路を塞ぐかのように、滑るような動きで回り込もうとした。
 がっ…………。
 背後から中心に叩き込まれた刃が、確実にその核をとらえた。
 霧散する闇。
 レナードの前に、緑の霧を透かしてダガーを構えたその姿のままのウィルがぼんやりと見えた。
「へっ。見せ場をとりやがって」
「……誰が見ると言うんだ。それより……」
 背後に横たえたままのアリシアに目をやる。
「おう。あっちのお嬢さんはたのんだぜ」
 レナードがアリシアに駆け寄るのを視界の端にいれて、祭壇にむかう。
 
 冷たい石の祭壇では、白いローブの娘が未だ目覚めずに鎖に繋がれていた。喉元に突き付けられた剣の模様からも、どのような種類の儀式を行おうとしていたのかが歴然とする。
 じゃら。
 鎖が立てた音でか、娘の目が開く。琥珀の目に宿るのは恐怖、そしてそれはウィルの姿を認めて不審と期待に変わった。
「ちょっと待て。……いま、外す」
 鎖は祭壇に巻き付けてあるだけで、ぐるぐると解けば容易に外すことができた。戒めから解き放たれた娘は素早く起き上がって部屋を見渡し、床に崩れたままの漆黒のローブを見つけて安堵の吐息をもらした。
「ありがとうございます……あなた方が来て下さらなければ生け贄にされてしまうところでしたわ」 
 娘が立ち上がった拍子に胸元に聖印が滑り落ちてきた。
「ファリスの方ですの……?」
 未だ少し掠れてはいるもののしっかりした声で、レナードに精神力を分け与えられて目覚めたアリシアが言った。
「はい。私はルシアナと言います。ここで、邪悪な儀式が行われると聞いて、阻止しようと来たのですが……」
 苦笑が浮かぶ。
「私では力不足でした。まさか捕らえられて、しかも生け贄にされかけるなんて……私自身で儀式を成功させてしまうところでしたわ。まだまだ、私の信仰は至らない様です」
 言って、神に祈る仕草をした。壁に描かれた巨大な邪神の聖印よりも、彼女の胸元で鈍く輝く至高神の信徒の証が誇らしく存在を主張する。
「あなた方の御蔭で邪悪な企みは潰えました。本当にありがとう……」 
「……そうか」
 ウィルが頷く。間一髪で間に合ったようだった。
「どんな、儀式だったのでしょうね、目的は〜……」
 ぽつりと呟いて、アリシアが邪神の紋章を見上げた。
「さあな……なんにせよ、ロクなもんじゃないことは確かだな」
 チャ・ザの神官は言って、幸運を司る自らの神に、いまさらながらもこの冒険での幸運を求めて短い祈りを捧げた。
「……ところで」
 床に敷かれた魔法陣を足で消しながらウィルが言った。
「俺達ははここに猿を探しに来たのだが、知っているか?」
「猿……いいえ、存じませんが」
「そうか……」
「お、それと、あんたが見たのはあのローブの奴だけか?」
 頷くルシアナにそうか、と言ってレナードは腕組みをした。
「やっぱ登るしかないな……ち、そんなに簡単にはいかねぇか」  
「上にいかれるのですか?」
「ああ。別件で用事がある」
 ウィルの答えにルシアナは少し首をかしげた。
「……ここは、古代王国の遺跡なのです。ずいぶん前に冒険者に漁られてもうなにも残っていないとききましたが、年月の間に再びこのような輩が巣食ってしまいました……。他にもなにか無いとは限りません。お気をつけ下さい」 
  「……忠告、感謝する」
「はい……。あと、助けていただいたお礼に、他にはなにもできませんがせめて」 
神聖語が柔らかく流れて、ルシアナの伸ばした手が軽くアリシアに触れた。
「あ……っ!」
 目を丸くしたアリシアに微笑んで、順にレナード、そしてウィルにと触れる。温かな気が流れ込んできて、自分の気力が満たされて感じていた疲弊が嘘のように消え去っていく。
「トランスしてくれたのか。悪りぃな」
「本当……こんなに分けて下さって、大丈夫なのですか〜?」
 ふふ、と笑って至高神の神官は頷いた。
「私、精神力だけはかなりありますから……それよりも皆様のほうが大変なはず。くれぐれも御無事で」
「ありがとうございます〜。助かりましたの〜」
 疲労し切っていただけに、ここでの彼女の助力は心から嬉しいものだった。
(これなら……大丈夫、まだ皆さんのお役にたてます)
 自分のうちにみなぎる力を感じて、そっとペンダントに触れる。
「……あんたも気をつけるんだな。自分の力量以上のことをするものじゃない」
 辛辣にも聞こえるウィルの言葉にそっとルシアナがうつむく。
「……はい。今回のことで身にしみましたわ」
「あ……ルシアナさん、どうなさいますか〜?わたしたち、まだ上に行かねばなりませんの〜」
「ええ……私では、皆様の足手まといになりそうですから……」
 哀しそうに言う。
「……じゃあ、待っていろ。後で街に送ってやる」
「え……」
 多少罪悪感を感じたのか、そんな彼女にウィルが言った。
「よろしいのですか?」
「ここも安全とはいいかねますけど……もう、あんなのも居りませんし〜。お待ち井いただければ、後程お送りできると思いますの〜」
 アリシアの微笑みにルシアナもつられたように笑った。
「はい、ではお願いします。私は皆様をここでお待ちします」
「へへ……こりゃ、絶対帰ってこなくちゃな」
 レナードが唇を歪めて笑う。
(それも無事に……ね?約束、しましたから)
 人を待たせる約束は、果たさなければ、ならないから。
 呟いて、アリシアは二人の背を負って階段に足を向けた。

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