<どこかで見た連中(7)>
「扉……ですね~」
「扉だな」
「扉だよなあ」
一様にうんざりした顔で三人がつぶやいた。
塔の四階。どうも古代王国の遺跡とはいっても本当に漁り尽くされ、しかももともと魔力を使用していない、言ってみれば簡単なつくりのものだったようで、あれからなにごともなく、ただ扉をあけて中が空室であることを確認するだけの作業となっていた。
それでもここは仮にも遺跡……気を完全に緩めてしまうことはがいつ死に繋がるかわからない。緊張し続けで肩透かしを食らわせられることが、妙に疲労をもたらして、三人はそろそろだれ始めていた。
「ここは……どう見てもがらくただらけ、だな」
「ち……はずれか」
ちいさく舌打ちしてレナードがきびすを返した。
「省略するか?」
「めんどくせぇよ。それよりさっさと進もうぜ」
「しかし……この階の部屋もまた半分の大きさだな」
一応鍵穴から内部を覗いてウィルが言った。
「ふぅん。それは、2階と同じ造りと言うことですのね~。なんだか、でこぼこしていますの~」
手にしたマッピング用の羊皮紙を見ながらアリシアが呟いた。半分になっている部屋の向こう側はおそらく、入ってこなかった北側の入り口からいけるのだろう。
「ウィル、行きましょう~。取りあえずは猿をさがさなくては~」
「……そうだな」
少々……いや、かなりうんざりした気分で階段に足を進める。
「次が最上階だな……」
嬉しそうにレナードが言った。
「なんかこう、斬りごたえのあるもん、でてくれると嬉しいんだがな」
「レッド……貴様は本当に……」
「いいだろうが。ここは古代王国の遺跡なんだろ?ちょっと物足りなくないか?」
「こんな単純な塔ですもの~。おそらくなにもないと思いますの~。もともと多分この辺りの物見櫓みたいなものだったのでは~?」
アリシアの推測にウィルが頷いた。
「そんなところだろうな。あの祭壇は都合がいいからファラリスの信徒が利用して作ったとかそんなところなんだろう……おい」
「ああ。待ちかねたぜ……」
すらりと腰から剣を引き抜いて、いささか凶悪な笑みを浮かべてレナードが進みでた。
最上階、扉の前。
この階に足を踏み出した途端、そこにあった巨大な泥の塊のようなものがゆるやかに動きだした。
「あれは……どうみても、付与系のゴーレム、ですのね~」
「ふん。ゴーレムがいるということは、なにか重要なものがあるということか?」
一気に高まる覇気の中を、アリシアの唄うような詠唱が響いた。
キィン。
かかげられたスタッフの先端、宝玉が小さな光を放つ。
「『燃え盛りし炎の守護よ……』ファイアウェポンをかけました~」
急に激しい炎を上げた自分のダガーに一瞬動揺をみせたウィルに、アリシアの声が飛ぶ。
「なんでぇ、それはひいきじゃないか?」
ゴーレムを牽制しながらレナードが軽口を叩く。それには答えずに素早く回り込み、燃えるダガーで切り付ける。
じゅぶ。
鈍い音と供にダガーの刃はゴーレムの躯に飲まれた。しかし、炎をまとった刃もいまいちダメージを与えたようには見えなかった。
「あら~……」
一歩下がっていたアリシアが困惑したように呟く。
「ちょっと、はずれでしたの……」
「っっとと……っ」
それに重なるようにレナードの慌てた声が聞こえた。目をやれば、大振りしてしまったらしく怪物には当たらず、かえって体勢を崩してしまっている。
それを狙ってかのように、ゴーレムの太い腕が目前に迫る。
「っとぉ……危ねぇ」
紙一重で避けてにやりと笑う。
それで完全にレナードに注意を向けたゴーレムの背後にダガーをふるった。今度はかなり手ごたえがあり、それを確信させるように怪物の躯が大きく震えた。
振り返り、ウィルを見るゴーレム。
意志の無いはずのその虚ろな眼に、なにかが見えたような気がした。
「『万能なるマナよ、我が言葉、我が力をもちてかりそめの力を』……」
詠唱し、レナードの剣に魔力が宿ったのを見届けてアリシアは息を吐いた。
(あと……一回)
思ったよりも精神力の消費が激しい。おそらく、次にエネルギーボルトでも放てば再びの気絶は免れないだろう。
(それでも、必要なら)
目の前で二人が繰り広げる闘いを、呼吸を逃さないように見守る。ウィルが、かわしきれなくてその直撃を受けた。彼の動きに僅かの鈍りがみえてきた。
いま、自分が出てはいけない。そんなことをしたらこのバランスが崩れてしまう。必死で自分に言い聞かせた。
(ああ、でも……あ、またっ……)
二人の攻撃はあたってはいるのだが、ゴーレムの泥のような躯は打撃を感じにくいらしくなかなか倒れる気配は無い。
ぶんっ。
レナードを狙ったゴーレムの一撃が外れて、大きく宙を切り裂く。その、音。
「ああ、やっぱり……っ」
いてもたってもいられなくて、スタッフをかざして古代語を唱えようとする。
同時に。
レナードの渾身の一撃が、見事に、皓い軌跡を描いて、ゴーレムの胴をなぎ斬った。
「あ……」
「っしゃぁ!」
会心の笑みで剣を払う戦士をぼんやりと見て、アリシアはぷっと笑いを漏らした。
「なに笑ってんだ?……まあいいか。アリスちゃん」
「はい?」
ぽん、と片手をアリシアの頭において、レナードは短く神聖語を呟いた。
「あ……ありがとうございますの~」
ほわっと躯が暖かくなる。同時に、すっ、と目眩が消え失せた。
「でも……レッドさん、辛く無いですか~」
「だーいじょうぶだって。おい、ウィル。お前も怪我してただろ」
言って、ウィルの怪我に手をかざして祈りを捧げる。柔らかく清浄な光が洩れ、痛々しかった肩の傷がみるみるうちに癒されていった。
「……こんな時にはお前も神官らしく見えるな」
「一言多いぜ」
盗賊は肩をすくめて扉に向き直った。
「あんなものが守護していたと言うことは、ここがなにかあたりということか?」
「そうかもしれませんの~……でも」
軽く首をかしげて、アリシアが呟く。
「ここに、猿がいるとは限りませんの~」
「いや、いるだろうよ」
きっぱりと言い切って、ウィルに扉を調べるように促し、レナードはにやりと唇を歪めて笑ってみせた。
「……なんとかと煙りは、高い所にのぼりたがるってな」
ウィルが鍵を開けたのを確認して、思いっきり蹴りあける。
…………部屋は、薄暗かった。