<猿、増える(1)>

この物語はどこにでもあるような街から始まる。
 大きくもなく小さくもないこの街の一角、『冒険者の店』と呼ばれる小さな酒場の店内。隅に位置するテーブルに座っているのは、余りにもその店の雰囲気にそぐわない一人の少女だった。
 「は〜……今日もいい天気ですねぇ……」
 のほほんと香りたつ紅茶を前においてつぶやく。淡い肩までのブロンド、薄紫の瞳。まだ10代を過ぎてはいないだろう。昼間の酒場で落ち着くにはあまりにも早すぎる、というよりも似合わなすぎた。
 「おちつきますね〜……」
 周りにいるのは冒険者という職業に相応しい連中ばかりである。こんな少女ならば妙なちょっかいを出しにくる失敬なやからがいてもおかしくはないはず、なのだが一向にそんな気配はない。
 少女は窓から差し込んでくるあたたかな日ざしにうっとりと目を細めてますます和んでいるようである。
 「は〜……でも……そろそろいきましょうか……」
 残念そうに席から立ちあがろうとした時。
 ばんっ。
 少々乱暴に店の扉が開かれ、男がひとり駆け込んできた。
 「こ、ここは冒険者の店ですよね?」
 息のあがった声でカウンターにいるマスターに話し掛ける。マスターがうなずくと なにやら必死の様子で話を始めた。どうやら街の人間ではないようでいささか服装がやぼったく思える。
 そんな様子をしばらくぼーっと見ていた少女は、小さく首をふると傍らに立て掛けておいた大きめの杖を握る。そのまま外に向かおうとすると、後ろから肩を軽くたたかれた。
 「はい?」
 ふりむくと燃えるような赤毛の男がにこにこと笑っている。
 しばらく考え込み、やっと男の名前に思い当たった。
 「あ、えーっと、レナードさん、でしたっけ」
 肯定するようにうなずくと、男はカウンターの方に手をふった。
 「ああ。君はアリシア君だよね?実は新しい仲間を探しててね」
 あくまでも笑顔は崩れない。
 「はあ……」
 生返事をかえしながらカウンターの方に目を向けると、マスターと先ほどの闖入者の話がちょうど終わったらしくマスターがこちらを向いた。
 「おい、新米達、この人が仕事を持ち込んでくれたぞ」
 これでか、と納得がいったアリシアはマスターにちょっとうなずいてみせた。
 「額に赤いできものがあって、直立して剣を持った猿が暴れているらしい。首1つにつき100ガメルだそうだが、どうかね」
 「はあ……。猿、ですか」
 思案するように首を傾ける。
 「……よし、マスター。私は行ってもいいぞ」
 カウンターにいつのまにか近付いていた男がまっ先に名乗りをあげた。
 名前は確か……ウィルとかいっただろうか。
 「ほら、どうだい?ちょうど依頼も入ったことだし、行こうじゃないか!」
 にこにこ。先ほどの笑顔のまま、レナードが言う。そしてカウンターの男にも手をふり、
 「そこの君も一緒に行こうぜ!」
 と呼び掛けた。
 うさん臭そうにこちらを振り向いた男が軽くうなずく。
 「……よし、いいだろう」
 「君は?アリシア君はどうするかい?」
 振り向いてアリシアに笑いかける。
 ふと、この男……レナードについてのあまりよくない評判を思い出した。しかし……アリシアは微笑んだ。
 「ん〜、ま、いいです。わかりました、そのお仕事、わたしも御一緒させて頂きますね〜」
 「よっし!パーティー結成だな!」
 妙に楽し気にレナードが手をたたき、カウンターに走っていった。
 「おい、マスター。猿は何匹くらいいるんだ?」
 「ああ、それがわからんらしい。ただ少なくはないようだぞ」
 ふらふらとカウンターに歩いてゆく。
 マスター相手に話し込んでいるレナードの後ろで店内を見渡す。何人もの他の冒険者達が挑戦するつもりらしく動き始めたり話し込んだりしている。
 と、ウィルと目が合った。なにやら不安そうな色が浮かんでいたが一瞬でいつもの無表情な様子に戻った。
 どうやら調子のいいレナードと、ただの女の子にしか見えないアリシアが不安らしい。
 口元に小さく笑いを浮かべてアリシアはマスターの話に意識を移した。
 「……ということらしい。どうやらアルダズ山に生息していると見ていいようだな」
 マスターはそこまでしか情報は得ていないらしい。
 「……なあ、マスター。猿の始末だけではなく原因も突き止めてきたら特別ボーナスは出ないか」
 「悪いが報酬を払うのはわしじゃないからな。そこの依頼者にでも頼め」
 言い出したウィルが依頼者……村人風の男に目を向けると、男は慌てたように首をふった。
 「そう言われましても……私はただのお使いですから。村長に聞いて下さい」
 「……そうか」
 うなずくウィルの肩を強くたたいてレナードが笑う。
 「あんたも細かい男だな〜。もっと豪快に生きようぜっ!」
 顔をしかめてウィルが身を引く。
 そんな彼等を見ながら、アリシアは別のことを考えていた。
 (赤い点……額に、赤い点…………?)
 なにかが引っ掛かる。引っ掛かる、のだが、全くそれの原因が思い当たらない。
 (なにか……ま、いいでしょう)
 意識を周囲に戻すと、どうやら早速にでも出発しようとしているらしい。
 「おい、いかないのか?」
 ウィルが無表情に言ってくる。
 「え、あの、だってまだ食料とか買ってないですよ〜?」
 先の遠出で持っていた保存食なども尽きている。あわてて言うと、ウィルは出口に向かっていた足を止めた。
 「それはそうだが……情報を知ったら、敏速な行動だ。それが、全ての成功の道だ」
 「…………準備を怠って死ぬばかものも多いですよ〜?」
 にっこりと微笑みを浮かべて言い放つ。
 「……これが私の生き方だ。口は出さないでもらおう」
 声に薄く怒りの色が見える。どうやら少なからずむっとさせてしまったらしい。
 「ひとそれぞれですものね〜」
 ゆったりと言いながらアリシアは胸元の蒼い石のペンダントをそっと押さえた。
 ぽつりとウィルの呟いた声が耳にひっかかる。
 「………………」
 カウンターをふりむいて水袋を2つ取り出し、マスターに手渡す。
 「こっちにはワインを〜。赤の辛口の最上のやつをおねがいします〜」
 「うちのワインは辛口しかないぜ。お子様が来る所じゃないからな」
 言うマスターに満足そうにうなずき、ウィルとレナードのほうをちらりと見る。2人もそれぞれ自前のものを取り出して口々に依頼している。
 (は〜……最初から喧嘩してどうするんでしょうね……)
 マスターに出された保存食を確認しながら小さく小さく呟く。呪文のようにくり返して自分に言い聞かせる。
 (目立ってはいけないんだから……落ち着きましょう)
 『……噂も含めて食えない女だな…………』
 おそらくウィルは聞かせるつもりなど欠片もなく、深い意味もそれほどないただの感想だったのだろう。しかしアリシアには別の意味で重要だった。
 (『噂』は……危険ですね…………地味に生きましょう地味に)
 アリシアはほにゃっと笑って保存食と水袋を背負い袋に詰め込む。
 「おう、じゃあ必要な物を買いこんだらとっとと行こうぜ!ちんたらしてたら日が暮れちまうよ」
 「ああ……行くか」
 レナードが気合いの入った声でうながす。
 「はい〜」
 荷物の重さに少しよろけながらアリシアは2人の背中を追って店の扉を踏み出した。
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