<猿、増える(3)>

 村はそれほど荒れてはいなかったが、人々の表情にはあまり活気が見られなかった。
 村長が3人を出迎え、疲れたように状況を説明する。
 「……幸いにもここ3日はこの村には来ていないが……他の村は襲われているかもしれません。いつ来るかなぞは猿の心次第なのですよ……」
 予想以上に深刻化している猿の被害にアリシアは顔をしかめた。
 「なるほど……ではウィルさんの言う通り元凶を叩くのが得策ですね〜」
 「ああ……で、ものは相談だが、村長。今回の原因を探り出してきたら、特別に報酬は出せないか?」
 ウィルが村長相手に早速交渉を始める。村長は困ったように眉をしかめて、
 「それが、今回の報酬は、近くの領主様から出るものなのです。証拠として、首をもってこいと。だから、我々の一存では決められんのですよ」
 申し訳ない、と誤りながら言った。
 「でも……領主さんに掛け合いにいってる暇はなさそうですね〜」
 アリシアが小首をかしげながら言う。
 それに答えるようにうなずいて、ウィルは思案するように腕を組んだ。
 「…………ふむ。領主が出すのなら、後からいくらでも交渉はきくな。とりあえずやることは変わるまい。さっさと行くか」
 「お願いしますじゃ。他の冒険者の方々は、もう山に向かいましたのでな……」
 村長が拝むような仕種をする。確かにたまったものではないだろう。幸いにも今の季節は収穫の時期ではないので冬を越すのに必要なものをためる作物の心配はないだろうが、このまま猿の被害が続けば大きな影響となると考えるのは容易だ。
 「あの……すみません〜。猿、といっても詳しくはどんなものかわかりますか〜?」
 聞くと、村長は思い出そうとするように目を細めた。
 「そうですな……みな、一様に額に赤いできもののようなものがあって、剣を持って我々のように両足で立って歩いております。しかしゴブリンなどとはあきらかに違うものでしたな」
 「そうか。……猿が、逃げて行った方角などはわかるか?」
 「山の、アルダズのお山の方に逃げて行ったですじゃ。お山にある、洞くつに住み着いているのだと考えておるのですが……」
 考え考え教えてくれる。ふと、長老の言葉に気がついた。
 「洞くつ?そんなのがあるんですか〜?」
 「ああ、はい。そこは昔奇人とか呼ばれた魔術師が独り住まっておりました場所でしてな」
 「なに!?魔術師だと?」
 「それは〜……いつ頃の話ですか〜?」
 のんびりと言いながらもアリシアの薄紫の瞳はなにかを期待するかのように強く村長を捕らえた。
 「そ、そうですな。あれは……住み着いたのは確か30年程前のことでしたか。ここ10年程は見かけた者もおりませんで、もう居るかどうかは……」
 「そう、ですか……。そんなに昔の……こと…………」
 わずかに肩が落ちて、すこしばかり声のトーンが低くなる。
 「はずれ、でしたか…………」
 低く呟く。
 そんなアリシアの様子に気付かずにウィルは腕を組んだまま小さく
 「ふん。魔術師は多かれ少なかれ皆変人だ」
 と言った。
 す、とアリシアの白い手がスタッフを少しかかげ持った。
 「…………なにか〜?」
 にっこりと微笑みながらウィルを見る。
 「……まあ、稀にまともな者もいるようだが。……マナ・ライ師は立派なお方だ」
 アリシアの気迫に飲まれたのか、ウィルが自分の失言を取り繕うように言った。尊敬する偉大なるギルドの祖の名前を出されて、アリシアも我が意を得たりとばかりにうなずく。
 (……でも、否定はしませんね〜……)
 ちょっと笑ったままアリシアは村長に向かって詫びるように軽く頭を下げた。
 「おい〜、まだおわんねーのかよ?いい加減、出発しよーぜー」
 ずっと沈黙を保っていたレナードが焦れたように声をあげた。えんえんと続く話し合いにしびれがきれたらしい。
 「情報もなく赴くのは危険だ。もう少し待て」
 ウィルの言葉に情け無さそうに呻く。
 「ウィルよう、俺は早くエテ公の首を斬りたくてしょうがねえんだ。交渉はおまえに任せるから早く済ませてくれよ……」
 「……貴様は血に飢えているのか?少しは頭を使え」
 ため息のようにウィルが言った。
 (レナードさんって……)
 街の酒場での評判に偽りはあまりなかったようだ。
 2人のやり取りをよそに、アリシアは村長との会話に集中していた。
 「猿はある程度知能はありそうですか〜」
 「はあ、家畜が食い荒らされているだけで、連れ去られていないところをみると……知能は……火などは怖がらんのですが」
 怯えたようにレナードにちらちらと視線をおくる村長に苦笑して、大丈夫ですよ、と安心させるように笑ってみせた。
 「分かりました〜。集団行動は取らないんでしたね〜?」
 「そうですな。少なくとも村の周辺で集団で見かけたことはありませんな」
 「そうですか…………」
 しっかりと頭の中に情報を叩き込む。望みは透き通る程薄いが、すこしでも手がかりが必要なのだ。
 (今回の依頼とは関係ないと思うけれど……)
 それでも、なにかがあるかもしれない。なんでもいい、なにか手がかりが。
 「おい〜早く行こうぜ〜」
 レナードが寂しそうに言っている。
 「……まあ、その程度の怪物ならごろごろいる。警戒をするのも大事だが、相手を買いかぶり過ぎるのも危険だな」
 ウィルがアリシアを促すように言った。
 (ちがうんですけどね……)
 ふっと笑ってそれにうなずきかえし、スタッフと背負い袋を取り上げる。
 「そうですね〜。レナードさんも待ちくたびれているみたいですし、行きましょうか〜。村長さん、ありがとうございました〜。がんばってみますので〜」
 「よし出発だなっ!行こうぜ!!」
 嬉しそうに扉をあけるレナードに続きながらアリシアが村長に声をかける。深々と3人に向かって頭を下げながら、
 「お願いしますじゃ……」
 村長は絞り出すような声で冒険者たちの出発を送った。
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