<猿、増える(6)>
「ちっ。考えていてもしょうがあるめえ。先進もうぜ」
一人が言い出し、ほかもそれに賛同する。
(ちょっと不安ですけど……こんなに人もいますしね……)
しかしどうやら魔術師はアリシアのみ。さきほど自分の魔術が効かなかったことがひどく気になったが、物理的な攻撃も効く相手に魔術師の出番がそうそうあるとは思えなかった。
(でも……『あれ』には物理攻撃も効きますし……予想が正しければわたくしの魔術も役には立つはず)
「もちろん俺も先頭に行くぜ?」
ほとんどが戦士という集団の先頭にレナードが立ち、洞窟をさらに先に進んだ。途中から周囲の様子が土の洞窟から石造りほ壁へと変化する。
「あ…………」
その突き当たり。目の前にがっしりとした木の扉が行く手を阻んだ。
「……これは……古代語か?アリシア、頼む」
「え?あ、はい〜」
ウィルに促されて扉の前に進み出、そこに張ってあった古びた羊皮紙を読み上げる。
「『偉大なる……魔術師の、住居……。無断……で、入ることを…禁ず』……と、読めましたが〜。……自分で偉大なんて名乗るなんて、小人物の証拠ですね〜」
ほにゃほにゃと辛らつな台詞を吐くアリシア。
「ふん。意味のないことを書くものだ」
「よし、入ろうぜ!」
はやるレナード。それを押しとどめると、ウィルは静かに扉に耳を当てた。
「……動物の、鳴き声が聞こえるが」
「動物?あの猿のような?」
「ああ、これは猿の鳴き声のようだな」
聞き耳をたてたままうなずく。
そっとウィルの横に並んで耳を澄ます。さすがに声は聞こえなかったが、改めて注意してみるとアリシアにも何ものかの気配は感じ取れた。
「なだれ込もうぜ!この扉の大きさなら十分だって!」
「あの猿。ゴーレムっぽかったですよね〜?」
「ああ。となるとやはり魔術師はまだいるということか……?」
一応配慮してか、小声でさわぐレナードをあっさりと無視して話を続ける。
「ゴーレムには確か〜、精神魔法は効かなかったと思います〜。さっきも、わたしのスリープクラウドが効きませんでしたし〜……」
「……魔術は魔術師に集中させるのがいいだろう」
「う〜ん、そうですね。魔術師さんが、いらしたらということですけど〜」
ぼそぼそと相談するウィルとアリシアの向こうで、レナードがまだ諦めずに他の戦士達と一緒にひたすら小声で、
「なだれ込もうぜ!」
と続けていた。
と、ウィルが立ち上がり腰から愛用のダガーを抜き取り、構える。
「………………行くか」
ノブに手をかけると、一気に開け放った。
「!!」
部屋の中にはあのゴーレムと思しき猿が50匹ほどたむろし、一行が踏み込むと同時に振り返った。
無表情に剣を構えるそのいずれの額にも、赤い点。
「……?なんだ、あの猿は」
ウィルの声に目を向けると、部屋の奥には大きな鏡がすえられており、その前にはどうもほかの猿とは様子の異なる猿が居た。なにやら符のようなものを足下に踏み付けてきぃきぃと暴れている。
「あの猿、なんだか魔法の匂いがしません〜」
「におい?」
武器を構える人間達に怯えたのか、奥の猿が暴れ、手を叩くと、背後の鏡の中から剣を持ち、直立した猿が現われた。
「あれが、元凶〜!?」
驚いて声をあげるアリシアの横で舌打ちが響く。
「……悪い冗談だ」
「猿に脳みそでも移しやがったか?悪趣味な野郎だぜ」
「だが」
すらっとダガーを逆手に持ち、ウィルが呟く。
「これで目標は定まったようだな」
「しっかし多いなー。ま、俺達が露払いでもするか」
ディッシュの言葉におう、大きくと答える戦士達。
その声に怯えたか、猿が激しく暴れた。
ごっ。
脇の棚に激突し、猿の腕が大きな箱をたたき落とす。そのふたをはね除けて、黒い影が飛び出してきた。
「ガーゴイルです〜っ!!」
「なんか厄介そうなのはそっちの盗賊のにーさんとお嬢ちゃんで頼むぜえ」
ガストと名乗った戦士が剣を抜きつつアリシアに微笑みかけた。返事をする余裕もなく、アリシアは早口で『力ある言葉』を詠唱し、レナードに向かってスタッフをかかげる。同時にレナードの武器が白い魔法の光を帯びた。
「ウィル!!鏡の前の符を何とかしろ!」
「符?そんなものあったか……?」
鏡に近寄ろうとするが、猿ゴーレムがぐいっと立ち塞がる。
「ちっ、多過ぎだぜっ」
誰かが接敵しながら毒づく。いつの間にか辺りには剣戟が満ちていた。
目前の猿ゴーレムの剣を流し、ウィルは右手のダガーで急所を突く。光とともにゴーレムの姿はかき消えた。
「……しかし、このままでは、いかんな」
ぎぃんっ。鋭い音と共にまた一つ猿の姿が消えてゆく。
後方で戦士達に守られているアリシアを振り向き、魔法の支援を頼もうとした。
「きーーーーーーーーっっっっ!!!!」
かん高い悲鳴が響き渡る。
「……なんだ!?」
「…え!?どういうこと!?」
天井近くに飛び上がったガーゴイルが鏡の前の猿に飛びかかったのだ。なんとかその鋭い鈎爪をしのいだ猿は部屋の一隅へと駆け寄った。誰も気が付かなかったことにそこには壁が崩れて出来たと思しき小さな穴があった。
「アリシア!あの猿だ。魔法を……!」
「くっ……『白き魔法の矢よ……』!」
アリシアの叫びが終わると共に皓く輝く一条の光が音もなく猿の身体を貫いた。
「やったか!?」
「っ…はぁ………だめですっ!ごめんなさい、ウィル、おねがいしますっ……」
確かに大きく怪我は受けたようだが、それでも身体を引きずるようにして猿は穴へと姿を消す。
「間に合わなかったか……」
「ぐっ……っ」
「危ない、頭上!」
前に居た戦士に警告の叫びをあげて、アリシアは息をのみ、詰まるように激しく呼吸をくり返す。
(くっっ…………だ、だめ……もう、ちょっと気力が……っ)
「おい、猿はまかせろ!君はそいつを頼む!」
レナードの右側に居た青い鎧の戦士が一匹ゴーレムを消しながら呼び掛けた。
「おうっ!訳の分からんやつだ……壊してやる……」
瞳に危険な色を宿らせ、笑みすら浮かべながらレナードが、こちらに狙いを定めたらしいガーゴイルに向かう。ウィルがクロスボウを放つが、ガーゴイルの羽ばたきでたたき落とされた。
「うらあっ!」
充分に体重をのせた一撃でガーゴイルの躯から激しく体液が飛び散る。しかしふらふらとなりながらもなお、その姿は宙に留まっていた。
「ギギィ…………」
ぎろり、と黒色の目が自らに傷を負わせた輩を睨み付ける。