《首》


【始まりは青く】

金・女・酒。レナードは全てを欠いていた。
そして全てを欲していた。
(今は金だ)
そう、とりわけ金が必要だった。
残り11ガメル。
なじみの店とはいえ滞在できる時間は限られている。

酒場の中をぐるりと見回してみる。

・・・一度ならずパーティーを追い出されているレナードに、金を貸してくれる者などあるだろうか。

(チッ)
思い出したくはない。
思いを振り切る様にもう一度、頭を回した。
そして、ある一点で止まった。

女だ。
歳はまだ若い。淡い金色の髪が華奢な肩にかかっている。可憐な印象を与える娘だ。
薄紫の瞳には知性が閃く。おそらく魔術師だろう。
何度か見かけた顔だ。
名は確か・・・・・アリシアといったか。


にやりと笑みを浮かべると、レナードは彼女の座る席へと向かった。




店内は駆け出しの冒険者で溢れていた。駆け出しといっても、幾度か冒険をこなした者がほとんどだが。ある者は仲間と語らい、ある者は一人、物思いにふける。その中でもひときわ近寄りがたい雰囲気を持つ者がいた。
漆黒の髪と、同じく黒い瞳が冷徹な光を放つ。凍てつくような暗い瞳は知性のあらわれでもあった。
ウィル=スティング。
レナードと対極に位置するこの男が、後に自分に及ぼす影響をレナードは未だ知らない。

レナードの父が傭兵であるのに対し、ウィルの父親は商人だった。
学者肌の商人で、ウィルは充分な教育を与えられた。
しかし、折り合いがあわず家を飛び出したウィルが向かった先は盗賊ギルドだった。
一見すると父への反発と見えるギルドへの加入だが、利益・知識を求める姿勢には父の影響が見え隠れしていた。

盗賊の技は情報を迅速に手に入れる術となる。その技術を用いる時が来た。

先刻、店内に駆け込んできた男はしきりにマスターに話しかけている。
身なりからすると農夫だろう。聞き耳を立ててみる。

「同じ顔の猿・・・剣を持って二足歩行・・・家畜に被害・・・」

やはり農夫のようだ。更に話を聞くためにウィルはさりげなくカウンターへと向かった。




アリシア=フォン=イデア。
父の他に3人の兄を持つ、オランの上流階級出身の魔術師。
その落ち着きは18という歳を連想させないが、彼女を正面から見ればまだ若い少女だと気づくだろう。

部屋の隅で優美な姿勢で紅茶をすする彼女に、ゆっくりと近づいてくる影があった。背の高い男だ。
燃え盛る炎の様に赤い髪が肩まで伸びている。
無精ひげのある顔を崩して、男は近づいてきた。

(顔見知りだったっけ)
何度か見かけた顔だが話したことはないはずだ。

「やあ、最近景気はどうだい?」

「あ、えーっと、レナードさん、でしたっけ」
アリシアは何とか名前を思い出して答えた。

「ああ、君はアリシア君だよね?実は新しい仲間を探しててね」
男は更に相好を崩して言った。
その笑顔に不信なものを感じたアリシアは、もう一度記憶を探った。

レナード。良くない評判を聞いた気がする。
だが、それがどんなものかまでは思い出せなかった。




ウィルが近づく頃には話は終わっていたようだ。マスターの声が店内に響いた。

「おい、新米達、この人が仕事を持ちこんでくれた。仕事は、猿の討伐だ。 額に赤いできものがあって、直立して剣を持った猿が暴れているらしい。首一つにつき、100ガメルだそうだ」

首。

その言葉を耳にしたレナードの顔色が変わったことに、アリシアは気がつかなかった。
レナードと同じく、ウィルの顔にも変化が見られた。

探求心がうずく。
家を飛び出したとはいえ、その知的好奇心は父親譲りのものだった。
利益と好奇心の二つの両立。これこそ、ウィルの望む仕事だ。

「・・・よし、マスター。私は行ってもいいぞ」




一方、アリシアの表情は明るくはなかった。
仕事にも、レナードと組むことにも、いまひとつ気乗りしないのだ。
その心を見透かしてレナードは明るい声で言った。

「ちょうど依頼も入ったことだし、行こうじゃないか」
レナードにとって今ここで仲間を得られないことは死活問題だ。
はっきり言えば、金を借りる相手が必要なのだ。
依頼など一人でもこなす自信はある。だが、先立つ物をそろえることは彼の腕力とは別問題だった。
何とか彼女を説得しなければならない。

レナードが思案をしている中、仕事を了承する男の声が聞こえた。
黒髪の盗賊風の男がカウンター横に立っている。
横顔がちらっと見えた。
冷たい目をした男だ。どこか尊大な印象を受ける。

(そりが合わないタイプだな)
何組かのパーティーで仕事をする内、どんな相手が自分を嫌うのかをレナードはわかっていた。
この男は恐らくその典型だろう。
何度か見かけたことがあるが話した記憶がないというのも自然な気がした。

アリシアを見ると彼女も男に視線を向けている。

(仕方ない)
他に道連れがいれば安心するだろう。
どうせ一度きりのパーティーだ。
レナードは男を利用することにした。

「そこの君も一緒に行こうぜ」

振り向いた男の向けてくる目は予想通りの冷たさだった。
レナードはつとめて笑顔を見せた。背に腹は変えられない。

「・・・よし、いいだろう」

やはり尊大さを感じさせる答えだったが、レナードは安堵した。

「ん〜、まいっか。わかりました、そのお仕事、私も御一緒させて頂きます」

アリシアも折れたようだ。とりあえず狙いはたがわなかった。

「よし!パーティー結成だな!マスター、猿は何匹ぐらいいるんだ?」

レナードは必要以上に大きな声を出した。

「わからないらしい。ただ少ない数ではないと思われている。
報酬は首に現金だ。危険手当も時間手当もない」

首か。
その言葉を聞くとレナードの中の血はたぎり出す。

「よし、30匹はいけるな!食料を買い込んでいこうぜ!
・・・時にお二人さん」
ここからが本番だ。仕事などレナードにとっては何の苦でもない。交渉こそが苦と感じるところだった。

「少し金貸してくれないか?なにぶん、金に困っててなあ」

「はあ・・・・・・いかほどお持ちなんですか?」
答えたのはアリシアのみだった。予想通りと言えば予想通りだ。
この娘なら何とかなるだろう。

「11ガメルだ」
レナードは正直に答えた。同情を期待する。
続けてレナードは言った。

「毛布も買いたいし、保存食もいるし、なあ頼むよ」
先のパーティーを抜けた後、毛布すら売り払っていた。働かなければ金は減る。簡単な真理だ。

「・・・・・・よろしいですけど」

期待通りの答えだ。

「じゃあ、100ガメルほど、いいかい?」

「・・・・・・一日10ガメルの利子をつけますけど」

・・・予想外の答えだ。
そう甘い相手でもないらしい。
だが、面倒な交渉をレナードは望まなかった。

「200ガメルで返済するよ。それでいいな」

「ええ結構です」

ようやくレナードは肩の荷をおろした。




肩から力を抜いたレナードは、盗賊風の男とアリシアが依頼人に交渉するのを眺めていた。

くだんの猿は付近の村が被害を受けているところから、アルタズ山という山に生息しているらしかった。
そして、その猿は魔法的な生物ということだった。
盗賊風の男は、猿の元凶を突き止めた場合の特別報酬を要求していた。

交渉からしてレナードとは対極の男らしい。
レナードは感心するとともに半ば呆れていた。

「あんたも細かい男だな。もっと豪快に生きようぜ」

「・・・これが、私の生き方だ。口は出さないでもらおう」

レナードは苦笑いした。

「ひとそれぞれですものね」

アリシアの言う通りだ。結局、理解し合うには限界がある。
辿ってきた道がそれぞれの生き方を作るのだ。


準備を整えた三人は村への道を歩き出した。




道すがら、お互いのことを話した。

三人とも顔は知っているが話したことはない間柄だった。
アリシアはオラン出身の魔術師ということだった。
自分の口からは言わなかったが、おそらく上流の出だと思われた。

盗賊風の男はウィルという名前だった。
ウィルはあまり自分のことを語りたがらなかったが、レナードがにらんだ通りシーフだった。
人を見下したような話し方がレナードは気に入らなかったが、気に入らないのはお互い様らしかった。

レナード自身もそれほど自分のことを話しはしなかった。
必要がないと思ったのだ。どうせ、これっきりのつきあいだ。
傭兵上がりの戦士であること、チャ・ザを信仰していること。
それ以外自分のことは話さず、くだらないことを言ってはウィルを閉口させていた。




財布から金がこぼれるごとく日は落ちる。
三人は大地に腰を下ろした。

アリシアが料理を作るさまをレナードは眺めていた。

「うまそうだなあ。今夜は俺達三人の結成を祝してカンパイといこうぜ」

「わかりました。どうぞ、たくさんありますから召し上がってくださいな」

いい娘だ。
確かワインも買っていたはずだ。
遠慮はしない。それがレナードの哲学だ。

「おっ、アリスちゃん性格いいなあ。ワインも分けてくれないか?
ほら、ウィルも飲みたがっているしさあ」

「ええ、どうぞ」

「・・・私はいらないぞ」

何か言いたげなウィルの視線に気づかないふりをしてレナードは飲んだ。


焚火の火が静かな音をたてる中、ウィルは黙々と料理を食べていた。
以外とわかりやすい男なのかもしれない。
アリシアも微笑みながらウィルの食べっぷりを見ている。
レナードも負けじと食べ、そして飲んだ。

「うまい!料理もワインもうまい!」

レナードはウィルとは逆に感情を表に出した。
そうすることが時に問題を生むことは知っていたが。


「イテテテテ・・・・やっぱりまだ飲むべきじゃなかったか」

「だ、だいじょうぶですか?どうしました?」

問題は別のところから生じた。
肝臓から。
報酬を酒につぎこむ暮らしを続けた結果だった。

「・・ああ、大丈夫だぜ、アリスちゃん」
レナードは微笑み答えた。そしてウィルの視線に気づいた。

(・・・アリスちゃんってなあ)
自分の呼び方に苦笑しそうになったが、それを抑え言った。

「ん?どうした、ウィル」

「・・・ほどほどにな」

あくまで冷静なウィルに再び笑いそうになったが痛みの方が大きかった。
眠るのが最良の治療だ。

「とりあえず俺は寝るわ。ウィル、見張り頼むぜ」

「・・・わかった。まかせておけ」

見張りの番は最後だ。しばらく休めるだろう・・・

目を閉じるとまもなく、レナードは眠りに落ちた。

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