【明滅する黄昏】
「おい、起きろレッド。もう朝だぞ」
自分を呼ぶ声がする。
レナードはうっすらと目を開け、声の主を見た。
「おはよう。よく寝ていたな」
男はにっこり笑い、レナードの横に腰掛けた。
「ああ、おはよう父さん」
レナードも微笑み、父の方に向き直った。
この宿営で寝起きするようになって、もう三年になる。
それ以来、隣りにはいつでも父がいた。尊敬してやまない父が。
「今日でおまえも18だな。これを受け取れ」
レナードは父の差し出した物を見て驚いた。
「父さん、このアミュレットは!」
その護符は、傭兵である父が肌身離さず身につけていたものだった。
15の時、レナードを迎えに来た父は剣を与えてくれた。
16になった時は鎧を。
17になった時は盾を。
だが、今度のアミュレットは重さが違う。
父は常々、これは俺の守り神だと言っていたではないか。
「ああ、これからはおまえを守ってくれるさ。
それなりに価値のある物だから盗られないようにな。首にかけたら懐にでも入れておくといいだろう」
父はいつも通りの優しい笑顔で言った。
レナードは嬉しかった。
父はいつでも自分のことを思ってくれている。
このアミュレットはきっと自分を守ってくれるだろう。
父についてきて良かった。本当に良かった。
1
レナードが5才の時、母は死んだ。
いたずらをしたときは厳しく叱られたが、普段はとても優しい母だった。
幼いレナードだったが、死の意味は理解した。
レナードは疲れて眠るまでひたすら泣き続けた。
次の日、レナードは父に連れられてチャ・ザの教会へ行った。
それ以来、レナードはそこの子供になった。
父の弟である叔父は、自分の子供と分け隔てなくレナードを育ててくれた。
しかし、叔母はレナードには冷たかった。
既に5人も子供がいる家にとって、レナードは招かれざる客だった。
男3人、女2人の子供達は皆、レナードより年上だった。
母が死んで以来泣いてばかりのレナードはいつもいじめられていた。
彼らはレナードのことを馬鹿にして「レッド(赤ちゃん)」というアダ名をつけた。
死んだ母と同じ赤い髪も恰好のいじめの標的となった。
レナードは毎日、泣いて過ごしていた。
そんなレナードがある日から、まったく泣かなくなった。
ちょうど12になった頃からだった。体も急速に大きくなり兄弟達もレナードをいじめなくなっていった。
その反面、体格のいいレナードは、今度は近所の少年達に絡まれるようになった。しかし、レナードを本気にさせる者はいなかった。腕力も体力も飛びぬけているレナードだったが、相手を打ちのめすことは絶対にしなかった。いつもわざと負けたふりをするか引き分けで終わらせていた。
レナードはそういう子供だった。
ある日、レナードは叔父に手ほどきを受けてチャ・ザの見習い神官となった。
境遇に鍛えられた精神力が意外な適性となって、日に日にレナードは神官らしくなっていった。
兄弟達よりも優れたレナードの資質を見て、叔母はレナードに必要以上に雑用を与えた。
だがレナードはどんな仕事も器用にこなした。
そんなレナードに叔母はますます冷たくあたる様になった。
そして、レナードは不要な口をきかない寡黙な少年に育っていった。
レナードが15になった年、兄弟5人が全員死んだ。はやり病だった。
叔母は号泣し、叔父は人影で忍び泣きを漏らしていた。
だが、レナードはまったく泣かなかった。
そんなレナードを叔母は憎悪のまなざしで見た。
「自分の兄弟が死んだっていうのに泣きもしないなんて、なんて子だよ!」
レナードは平然と叔母を見下ろしていた。
「なんで・・なんでこの子だけ生き残ったんだ・・なんで・・・・。
あんたが・・・・あんたが死ねば良かったんだ!」
「よさないか!」
叔父の制止も聞かず、叔母はわめき続けた。
「あんたが、あんたが悪いんだ!あんたがうちに不幸を運んできたんだよ!
みんな、あんたの周りにいたから死んだんだよ!うちの子も!あんたの母親も!」
バシッ
叔父は叔母を平手打ちした。
床に倒れた叔母は叔父をにらみ、更なる呪いの言葉を吐いた。
「・・・何するんだよ、あんたがこんな子を引き取らなきゃ良かったんだ!
・・・・・何がチャ・ザだよ!何が幸運の神だよ!不幸の神じゃないか!」
叔父の顔を見て、レナードはハッとした。
いつも優しかった叔父の顔に怒りが浮かんでいた。
「・・・レッド、今日はもう休みなさい」
「でも、まだ今日の仕事が」
「いいから・・・・行くんだ」
いつにない叔父の迫力に押されて、レナードは自分の部屋へと向かった。
2
翌日、誰か客が来たことをレナードは二階の窓から見て知った。
その男は叔父と抱き合い、しばらく話した後、上を見上げた。
手を振ってくるその男が父であることに、レナードはその時はじめて気がついた。
複雑な思いで階段を下りたレナードを父は笑顔で迎えた。
「ずいぶん大きくなったな。元気だったか」
なんと答えたものかレナードにはわからなかった。
何より、何故、父がここに来たのかがわからずに戸惑っていた。
それを見透かしたかのように叔父は言った。
「レッド、兄さんはおまえを迎えに来たんだ」
叔父の言葉にレナードは当惑した。
自分はここの子供になったはずではないか。
それを今さら現れて何を。
兄弟達が死んでしまった今、この教会を継ぐのは自分の使命だ。
今さら、父とどこかに行けようか。
「レナード、おまえの考えていることはわかる。
ガードナーや叔母さんへの恩を感じているんだろう。
兄弟達のこともある。おまえがここに残りたいなら俺に止めることはできないよ」
「・・・・・・・僕は、ここに残ります」
レナードはゆっくりと答えた。
やはり、恩義あるこの家を出ることはできない。
何より、子供を失ったばかりの叔父達を置いて行くことはできない。
兄弟達が死んでから、叔父はとても小さくなってしまったように思う。
自分が支えていきたいとレナードは思った。
「・・・そうか。俺のわがままだったな。
おまえも大きくなったろうし、俺と同じ剣の道を教えようと思ったが。
神官もいいだろう。ガードナーの話じゃ、結構うまくやれているようだしな」
父は笑顔で語りかけてくる。
こういう人だったのか。
はじめて父のことを知った気がした。
「じゃあ、ガードナー。これからもレナードのことを頼む」
「兄さん・・・・それでいいのかい」
叔父は複雑な表情で言ったが、父の顔は変わらず晴れやかだった。
「レナードが自分で決めたことだ。こいつはもう、おまえの息子なのさ」
「兄さん・・・」
「さて、俺はもう行くとするよ。久しぶりに会えて嬉しかったぜ。
レナード・・・・体を大切にしろよ」
父はレナードの顔を見つめ、真顔になって言った。
もう行ってしまうのか。
レナードは急に淋しさを覚えた。
この十年、父はどうしていたのか。
母はどんな人だったのか。
次はいつ会えるのか。
聞きたいことが山の様にあふれてきたがレナードは言葉に表すことができなかった。
「・・・レッド、いいのか?」
叔父の問いが頭の中を駆け巡る。
十年ぶりに会えたのだ。
次に会える保証などない。
このまま父と別れていいのか?本当にいいのか?
「・・・・・じゃあ、またな」
父は少しさびしそうな顔をして後ろを向いた。
かける言葉を探すが適当な言葉が見つからない。
後ろ姿が少しずつ遠ざかってゆく。
レナードはぼんやりと十年前を思い出していた。
あの時、父は戻って来なかった。
父に会うことはずっとできなかった。
その父がいる。
追いかければ、ついて行けるところに父がいる。
ずっと心の中では探していた父がいる。
本当の父がいる。
今ここにいる!
「父さん!」
レナードの言葉に驚いたように父は振り向いた。
「父さん!待ってくれよ!僕も・・・・僕もついていくよ!」
レナードは自分の本当の気持ちに気づいた。
叔父は本当に優しくしてくれた。兄弟達にとっても自分にとっても最良の父親だったろう。
しかし、本当の父は、今ここにいる父なのだ。
この父こそが自分がついて行くべき父なのだ。
この先、どんなことが自分を待ち受けているかわからない。
それでも自分がついて行くべきはこの父なのだ。
理屈ではない。
本能とも言うべき感情の部分でレナードは父の背中を追っていた。
「しかし・・・」
父の視線の先には叔父がいた。
レナードはハッとして立ち止まった。
「いいんだよ」
振り返って見た叔父の顔は、父と同じ位晴れやかな笑顔だった。
「兄さんも言ったろ?レッドが自分で決めたことさ。
レッドはやっぱり兄さんの息子だよ」
「ガードナー・・・」
二人ともどこか淋しそうな顔で笑っている。
レナードも先ほどとは別の淋しさに胸が苦しくなった。
十年間。
父に会えなかった十年間。
叔父に育てられた十年間。
二つとも等しくレナードの人生を綴った十年間だ。
「叔父さん・・・・今まで・・・本当にお世話になりました。
この御恩は絶対に忘れません。叔母さんにも・・・ありがとうございましたと」
「わかっている・・・レッド、おまえがいなくなると寂しくなるが、元気でやっていくんだぞ・・・」
叔父は最後の方は少し涙声だった。
「・・自分の信じた道を歩みなさい。私達のことは気にしないでな」
「そうさ。さっさといっちまいな!あんたはもうウチの子供じゃないんだからね!」
皆、驚いて後ろを見ると目の下を赤くした叔母が立っていた。
「リザ・・・」
叔父は叔母の元へ歩み寄り、肩に優しく腕をまわした。
「あんたがいなくなりゃ、うちもせいせいするよ。ホラ、とっとと行きな!」
叔母も叔父も目を伏せて泣いていた。
父は二人に深く頭を下げると、レナードの肩に手を置き歩き出した。
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