3
父の歩んできた道、それは傭兵の道だった。
ロマールのさる貴族のかかえる軍で十年間、父は戦い続けてきた。
軍は三つの階級に分かれている。
上から、特選兵、選兵、般兵である。その下に特選兵につく従卒がいる。
父は隊長でこそなかったが、特選兵だった。
その父のもと、レナードは最初の一年を従卒としてつき従った。
父に与えられた剣を使いこなせるようになること。それが最初になすべきことだった。
軍には何百という兵がいたが、レナードほど若い者は稀だった。
体こそ大きいが、まだ幼い顔のレナードはここでも「レッド」と呼ばれ、からかわれた。
それは父が愛情を込めてそう呼ぶのとは違い、レナードに屈辱を与えた。
認めさせてやるという思いから修練に励んだレナードは、一年後には兵として戦える様になっていた。
16になった誕生日、レナードは父から鎧を与えられた。
父と同じ隊に所属し、父と共に戦うようになった。
そして、レナードは傭兵として致命的な欠点が自分にはあることに気づいた。
人を殺せないのだ。
斬ることはできる。
だが、止めを刺すことはどうしてもできなかった。
そのため、レナードはいつまでも「赤ん坊」扱いされ続けた。
父に自分の適性についての悩みを打ち明けると、父は笑って「気にするな」と言った。
そして、「お前はやっぱり俺の子供だな」と言った。
父も非情にはなりきれない男だった。
もちろん、止めを刺すことはできる。
しかし、命乞いをする相手や捕虜を殺すことは絶対にしなかった。
非情な判断が下せない。それが優秀な戦士である父が隊長になれない理由だった。
17の誕生日、父は盾を与えてくれた。
それはレナードの成長を認めた証だった。
それまでは剣に振り回されている感のあるレナードだったが、成長期の一年はレナードをさらに逞しくしていた。両腕でしか持てなかった剣も片手で軽々と扱えるようになった。
強くはなったものの、止めを刺すことは依然できなかった。
ある日、負傷した隊長に代わり、父が隊を率いることになった。
代理とはいえ隊長になることは極めて難しいことだった。
特選兵の中でも特に優れた者、あるいは突撃任務から生還した者だけが隊長になることができるのだ。
レナードは父を誇りに思った。
そして、自分も父の名に恥じない戦いをしようと決意した。
戦いは敵の奇襲から始まった。
形勢をひっくり返すための無謀な、いわば突撃任務のようだった。
最初は崩れた自軍だったが、父の指揮のもと戦列を立て直すと、あっさりと敵を殲滅した。
生き残り捕らえられた敵兵達は命乞いをはじめた。
中にはレナードがやはり止めを刺せずに見逃した者もいて複雑な気分だった。
「殺さずに連れていけ」
父の言葉に隊には動揺が走った。
「完全に殲滅せよとの御命令のはずですが」
副長の言葉に父ははっきりと答えた。
「かまわん。責任は俺がとる」
「しかし・・・」
「軍も長びく戦いで負傷者が増えている。こいつらを吸収すればいいだろう」
「・・・わかりました。あなたの決定ですからな」
副長は冷徹な顔で答え、帰還の指示に向かった。
命をながらえた者達は、口々に父への感謝と今後の尽力を約束した。
捕虜を吸収することが良策となるかはわからない。
父の本音は無駄な殺戮をしたくなかったのだろう。
これでまた隊長の座は遠のいたかもしれないが、レナードはそんな父がやはり好きだった。
馬上の父をまぶしく見つめながら、レナードは晴れやかな気持ちで来た道を歩き出した。
4
アミュレットを首にかけ父と共に宿営を出ると、そこにいる者は皆、深刻な顔をしていた。
「シドナーさん、司令官がお呼びです。全員、集合です」
レナードとも顔なじみの般兵が父に呼びかけた。
父が頷くのを見ると、彼は慌ただしく集合を叫びながら去っていった。
集合ということは戦いか。しかし、昨日まで敵の姿はなかったはず。
いぶかりながらもレナードは父とともに司令官のもとに向かった。
そこには既に特選兵が集結していた。
レナードは場違いな思いに恥じ入りながら、早く他の兵達が集まることを願った。
「よし、揃ったようだな。率直に言おう。突撃任務だ」
司令官の言葉にレナードは戦慄した。
突撃任務。
危機的状況を打開するための決死の作戦。
軍は既に、窮地にあるというのか。
レナードの疑問に答えるかの様に司令官は言葉を続けた。
「昨夜の間に敵軍に取り囲まれたらしい。斥候兵を出したところ一箇所だけ手薄な所がある。
そこを突破してロマールへの帰還をする。」
特選兵の間にざわめきが走った。
突撃任務とは正に、死を覚悟した突撃により本隊を生かすための任務である。
特選兵のみで組織されるその隊は圧倒的な強さを誇るが、生きて帰れるという保証はない。
だが、帰りさえすれば、隊長に任ぜられるという名誉がある。
傭兵とは何の保証もない暮らしだ。
だが、隊長になれば確実な保証と得難い名誉が手に入る。
傭兵として生きる者ならば、必ず隊長の座を目指すべきだろう。
一年程前、父は代理として隊長の座を得たが、我を貫いた結果その座を失った。
その父を馬鹿だとは思わないが、やはり父には隊長であってほしいという思いがある。
誰よりも尊敬する父だからこそ、他の者にも誇れる地位を持っていてほしい。
レナードはこの一年で強くそう思うようになっていた。
ざわめきは次第に大きくなっている。
気がつくと選兵、般兵らも集まってきていた。
「やばいらしいぜ」
「見張りは何してたんだよ」
口々に不安をささやきあっている。
そして、話の焦点は誰が突撃任務につくかに移っていった。
レナードはかつて二度だけ、突撃任務の指名を見たことがあった。
指名を受ける者は特選兵の中でも特に優れた者だけである。
即ち指名は認められていることのあらわれだった。
兵にとってまたとない名誉である。
死を恐れず任務を受ける特選兵は、兵達の尊敬の的だった。
その指名がなされる時が来た。
5
「皆、知ってのとおり、突撃任務とは文字通り死をかけた突撃だ。無理強いはしない。
だが、私は必ずや期待にそってくれるものと信じている。
ミルグリア選鋒軍の名にかけて!
これより特選兵指名を行う!」
ざわついていた兵達は、司令官の言葉に一瞬にして緊張の姿勢をとった。
レナードも背筋が伸ばされる思いがした。
勇気ある特選兵を敬意をもって見送ることが、生かされる自分達の努めなのだ。
「特選兵ゼド!突撃任務を命ずる!指名を受けるか!」
「お受けいたします!」
「特選兵ガルーシャ!突撃任務を命ずる!指名を受けるか!」
「謹んでお受けいたします!」
司令官と特選兵の応答のたびに、場には熱狂の渦が巻きあがった。
それはとても、窮地に陥った軍のものとは思えなかった。
「特選兵フィデフィア!突撃任務を命ずる!指名を受けるか!」
「喜んで!」
レナードも引き込まれるように、そのやりとりを見つめていた。
勇気ある特選兵を誰もが憧れの眼差しで見ていた。
「特選兵アーク!突撃任務を命ずる!指名を受けるか!」
「お受けいたします!」
いつしか場は割れんばかりの歓声に包まれていた。
兵達の士気は抑えきれないほどに高まっている。
レナードも武者震いを抑えきれなかった。
「特選兵シドナー!突撃任務を命ずる!指名を受けるか!」
と、レナードは瞬時に我に返った。
父が指名されている。
特選兵である以上、ありえない話ではなかったがあまりに唐突だった。
レナードの知る過去二回、一度も指名されたことのない父が指名を受けるとは思っていなかった。
だが、現実に父は指名を受けている。
レナードの尊敬する父がついに認められたのだ。
先程の武者震い以上の高揚感にレナードは震えた。
だが、その高揚は父の言葉により凍りついた。
父の言葉の意味がレナードにはしばらく理解できなかった。
6
「申し訳ありませんが、お受けできません」
凍りついたのはレナードだけではなかった。
場は瞬間凍りつき、そして軍全体がざわめきだした。
司令官ですら予想外の返答にしばし言葉を忘れていた。
「・・・もう一度聞こう。特選兵シドナー、指名を受けるか」
「お受けできません」
ざわめきは極限まで広がった。
レナードはそのざわめきの中、呆然と父を見ていた。
「・・・それがどういう意味かわかっているのか」
「はい。理解しております。申し訳ありません」
司令官は冷徹な視線で父を睨み、兵達は父を罵倒した。
「この臆病者!」
「腰抜けが!」
「特選兵の面汚し!」
「とっとと失せろ!」
レナードは悪夢を見るような思いで、糾弾集会と化した場に立ちつくしていた。
「もうよい。勇気ある者は他にいくらでもいるだろう。指名を続ける。
特選兵ブードゥー!突撃任務を命ずる!指名を受けるか!」
「はっ!喜んでお受けいたします!」
場はまた歓声に包まれ、同時に父への蔑みの眼差しがいつまでも続いた。