指名を受けた特選兵達は勇ましい雄叫びをあげ任務に向かった。
指名を拒否した者は父のみだった。
父は般兵に格下げされ、後陣につくことになった。
昨日まで父に敬意をもって対していた者でさえ、臆病者と父を罵った。
そして、それはレナードでさえ例外ではなかった。


「父さん、これは返すよ」

レナードは懐からアミュレットを取り出しつき返した。

「レッド・・それは」

「わかってるよ、僕を守ってくれるんだろう。でも、これが必要なのは僕より父さんのほうじゃないか。
これがなきゃ父さんは怖くて戦えないんだろう」

「レッド・・・」

「いらないよ、こんな物!」

レナードは、そう吐き捨てるとアミュレットを投げつけて駆け出した。
情けなくて仕方がなかった。

ずっと尊敬してきた父だったのに。
誰よりも尊敬していた父だったのに。
父があんな臆病者とは思わなかった。
死を恐れる戦士など最低だ。
結局、父は誇りではなく金のためだけに戦っていたのかと思うと、情けなくて涙も出なかった。




突撃任務の戦果は予想をはるかに越えた厳しいものだった。
敵の囲みは破ったものの、生き残った特選兵はわずか12名だった。
その中で、戦えるまでに回復し隊長の座につける者はさらに半分程だろう。
まさに命とひきかえに手に入れる名誉だった。
それでも兵達は彼らの奮戦に涙し、その働きをたたえ、己の士気を高めるのだ。
それが突撃任務なのだ。
自分の命を惜しむようなことがあってはならないのだ。

レナードは突撃兵達の傷ついた体を見て感動し、そして己の体を守った父を憎んだ。




「全軍、ロマールへ帰還する!」

司令官の号令一下、兵達は一路ロマールへの道を急いだ。
囲みは破ったとはいえ、周囲の敵兵からの挟撃は予断を許さないものだった。
兵は一人、また一人と傷つきながらロマールへと向かった。

事態は刻々と悪化し、遂には全軍の帰還は不可能なまでになった。


「閣下、いかがいたしますか」

「やむをえん。殿軍(しんがり)を募る」

副官に問われ、司令官は苦渋の選択をした。
突撃任務に続き、兵を死へと向かわせることになったのは彼の失策である。
それでも、殿軍を出す他に手はないほどの窮状だった。

「殿軍を募る!階級は問わない。我と思う者は名乗り出よ!」


乱戦の中、兵達は皆、顔を見合わせた。

殿軍とは、全軍の退却を助けるために敵の追撃を食い止め、そして死んでいく役目である。
突撃任務よりさらに死へ近い任務といえる。
兵達が顔を見合わせるのも当然だった。


「どうした!真に勇気ある者はいないのか!」


司令官の檄に触発されて何人かが名乗りを上げた。

殿軍をつとめる代償に手に入るのは名誉以外の何物でもない。
間違いなく死へ向かう任務、それが殿軍だった。


ふと、レナードは自分の近くで父が戦っていることに気づいた。
そして、次の瞬間、レナードは声を張り上げて言った。

「殿軍の役目、私につとめさせて下さい!」


まだ年若く、般兵に過ぎないレナードの名乗りに兵はどよめいた。


「良く言った!殿軍の役目、しかと申しつける!
どうした他の者は!このような若者が名乗り出たというのに恥ずかしくないか!」

レナードの勇気と司令官の言葉に兵達は奮い立った。

「俺もやるぜ!」

「殿軍、お任せください!」

続々と名乗りが上がる中、父は驚いてレナードのもとに寄ってきた。

「レッド!おまえ殿軍がどんなものかわかっているのか!?」

「わかっているさ」

「やめておけ!おまえには無理だ」

レナードは父の言葉にカッとなった。

「俺はあんたとは違う!臆病者じゃない!」

シドナーはレナードの強い語気に押された。
周りの兵達もレナードに味方した。

「そうだぜ!臆病な親父はひっこんでろ!」

「そうだそうだ!とっとと逃げ帰れ!」


父は兵達の言葉を意に介さずに言った。

「レッド、おまえはまだ未熟だ。殿軍はつとまらない。
閣下、私が向かいます」

シドナーの名乗りを司令官は冷たく退けた。
「下がっていろ。息子の決意に水を差す資格はおまえにはない。
おまえは私について来い」

「閣下!どうか私を殿軍にお加え下さい!」

「ならん。これは命令だ。行くぞ!」

司令官はそう言い放つと馬を向かわせた。
シドナーは苦悩に満ちた表情で、その背を追った。
振り返る父の顔をレナードは見ようとはしなかった。




兵は細長く隊形を作り、針の穴を刺すように少しずつ、敵の囲みを脱出していった。
しかし、その防波堤となる殿軍兵達の犠牲は惨澹たるものだった。

先程まで自分の隣りにいた兵が次々と死んでいく様にレナードは恐怖した。
そして改めて、人を殺すということがどういうことなのかを感じていた。
ここでは殺さなければ自分が殺される。
そんな極限状態の中ですら、レナードは殺すことができなかった。

無論、斬った敵にいちいち止めを刺す様な余裕はない。
だがレナードは、余裕がないから殺せないのではないことに気づいていた。
自分は甘いのだ。
傭兵として戦士として、どこまでも甘すぎるのだ。
父の言う通りだった。
殿軍という役目は自分には到底つとまるものではなかった。
自分の身を守るのが精一杯で、とても敵を斬り防ぐことなどできない。

一人、また一人と仲間の兵が減っていく。
レナードは次第に恐慌状態に陥っていた。

(自分は死ぬんだ)

死への認識が恐怖を生み、自分の体内を駆け巡る。
徐々に体が動かなくなってくる。

今や自分の周りに味方は誰一人いない。
ちょうど軍が包囲された時のように複数の敵兵に取り囲まれ、レナードは ついに絶望した。

(終わりだ。父さんの言うことを聞いていれば)

今さらながら後悔の念が込み上げてきた。
同時に父との最後を後悔した。

自分は父を臆病者と思ったが、それでもやはり父は父だった。
父の制止も聞かず、別れの挨拶も満足にせず、勝手に死んでいく自分は親不孝者だと レナードは思った。
父について来たこの三年間を自分のつまらない誇りで無にするのだ。

(父さんは怒るだろうな。それとも悲しむだろうか)

重くなってきた体で剣を振り回しながら、レナードは思った。

戦いに考えことは禁物。
レナードを囲む一人の剣が、レナードの剣をはねあげた。
宙を舞う剣を見て、レナードは父に剣を授けられた時のことを思い出した。

左から別の一人の一撃が来た。
その一撃を盾で受け止め、レナードはまた父のことを思った。
いつも自分の傍らには父がいた。
この盾の様にレナードを守ってくれていた。

右からの一撃。
レナードは肩口に走る痛みに膝をついた。
この鎧の様に、いつも父の強さと優しさに包まれていた。
だが、その父も今はもういない。

背後から剣が来る気配がする。

(おしまいだ)
レナードは目をつぶった。




剣が振られた。






だが、終わりは訪れなかった。







「父さん!!」




レナードが目を開けると、そこには父がいた。


いつもどおり、父がいた。


10

ひたすら剣を振るう父の姿をレナードは呆然と見ていた。

「父さん、どうしてここに・・・。」

次々と敵が斬り倒されていく。
父は黙々と敵を斬り続けていた。

「父さん!父さんは司令官の命令で帰還したんじゃないのか?!」

父は振り返るや大声で怒鳴った。

「今ここにいるのが見えないのか!レッド、前だ!」

レナードは危ういところで正面からの一撃を盾で受け止めた。

「どうして・・・。隊規違反じゃないか」

「バカヤロウ!!」

物凄い形相で父が斬りつけてきた。
レナードはビクッとして身をすくめた。

再度、レナードを狙った敵兵を斬り捨てると父は一喝した。

「自分の息子を助けに行くのに隊規なんて関係あるか!!

いいか、覚えておけ!隊規や名誉なんかより大切なものはいくらでもあるんだ!」




体の中に雷が走った。


自分は今まで何をこだわっていたのだろう。

馬鹿にした相手を見返したかったのか。

地位が欲しかったのか。

名誉が欲しかったのか。

自分はいかに小さなことにとらわれていたのだろう。


レナードは戦場の中、立ちつくした。

「ボーッとするな!」

ハッとした瞬間、目前に騎馬が迫っていることに気づいた。
ランスでの一撃。

かわし切れない。



死を覚悟し目をつぶった瞬間、横から突き飛ばされた。



目を開けると、槍と刺し違えた父が見えた。


11

「父さん!!」

「・・・バカヤロウ!・・・おまえがそんなだから俺はおまえを一人にできないんだ」

「父さん!大丈夫なのか?!」

腹から血を流しながらも父は戦い続けている。
脇から引き抜いた小刀で騎馬兵に止めを刺すと、父はレナードをつかみ馬上に押し上げた。

「父さん!」

父を引き上げようと伸ばしたレナードの手に父はアミュレットを握らせた。

「父さん!手を!」

父は再び、周囲を囲む敵兵に向き直った。

「父さん!」

レナードは必死に手を伸ばしたが敵に阻まれた。

父は、その兵をダガーの一撃で屠ると剣を奪い取った。

「さあ、父さん乗って!」

再び伸ばしたレナードの手に父は剣を握らせた。

「父さん!!乗るんだ!!」

絶叫にも近い声でレナードは叫んだ。

父は薄く笑うと、馬の尻に小刀を突き立てた。

ヒヒィーン!という鳴き声と共に馬は走り出した。

「父さん!!」

レナードは必死に馬を止めようとしたが、馬は加速するばかりだった。

「父さん!!」

レナードの叫びも空しく馬は走り続けた。
敵兵に囲まれる父の姿が徐々に遠ざかっていった。


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