12

どこをどう走ったのかわからない。


敵の剣檄をくぐり抜け、気づいた時にはロマールに帰り着いていた。

死んだはずのレナードの姿に誰もが驚き、そして賞賛の言葉で迎えた。

生き残った殿軍兵はレナードだけだった。

特別の措置でレナードは選兵に任命されたが、父の名誉を回復してほしいという願いは聞きとげられなかった。


父は臆病者などではなかった。

今の自分には良くわかる。
半人前の自分を置いての突撃任務は受けられなかったのだ。

その父を自分は蔑んでしまった。
本当に蔑まれるべきは自分なのに。


自分がすべきことはひとつ。
父が臆病者でなかったことを証明する。
父の血を引く自分の手によって。


今日から自分は変わる。

もうレッド(赤ん坊)とは呼ばせない。


13

「おい、レッド」

声の主をレナードは睨みつけた。

あれから三ヶ月。
レナードは依然、レッドだった。
目に見えて殺気を放つようにはなったものの、人を殺せないという事実は何ら変わっていなかった。


「おいおい、そんな怖い目をするなよ。おまえの待っていた知らせを持ってきたんだぜ」

同僚の選兵はそう言うと、おどけた仕草で震えて見せた。

「知らせって何だ」

「ほら、例の奴らに借りを返す時が来たのさ」

「本当か?!」

レナードは立ち上がった。

「ああ、司令官が話してたそうだぜ。いよいよだな」

「そうか・・・」

レナードは剣を見つめた。
あの殿軍から三ヶ月。
ずっと、この日を待ち続けていた。

復讐のため。
もちろん、それもある。
だが、レナードはもう一つ望んでいることがあった。
父の生死を確かめること。

仲間達は、父ほどの剣士なら捕虜にして登用された可能性もあると言った。
それには、寝返るような奴だという皮肉もこめられていたのだが、レナードはそれには気づかず、一握りの希望を抱くようになっていた。

父はきっと生きている。


捕虜になっているなら自分が救い出してみせる。

今度は自分が父を助ける番だ。


胸のアミュレットに手をやるとレナードは戦いの身支度を始めた。


14

捕虜兵は前線で使われやすい。
再び寝返ることを防ぐため、死にもの狂いで戦わざるを得ないところに追いこむのだ。

レナードは自ら志願して前線の部隊に配属された。
父が捕虜兵になったのなら、そうすることが父と会うことにつながると判断したのだ。


ミルグリア選鋒軍は、先の借りを返すべく猛烈な勢いで突進した。
今回は数も陣取りも何ら劣るところはない。
むしろ士気は明らかに上回っている。

前回の敗走が嘘のように、軍は次々に敵部隊を滅ぼしていった。
レナードも実力以上の力で敵を斬り倒した。
父の顔は見つからなかったが、ひたすら戦い続けた。


日が沈み出した頃には、戦況は誰の目にも明らかになっていた。
ちょうど先の戦いと逆に敵兵達は敗走を始めた。


「これより追走を行う!我と思う者から走れ!」

司令官の言葉に兵達は我先に走りだした。
殿軍とは正反対に手柄を立てる絶交の機会だ。

レナードは誰よりも早く走り出していた。
目指すものは手柄などではない。
名誉などはもういらないのだ。
求めるのものは敵。そして父の姿だ。

レナードはひたすら走り続けた。


15

ずいぶん遠くまで来た。
いつしかレナードは自分が隊からだいぶ離れていることに気づいた。
味方だけではない。敵はおろか、人の気配すらしなかった。
レナードは馬を止めると茂みへと向かい、草を食ませた。

と、茂みの奥で何かが動く気配がした。
レナードは剣を抜くと、足音を殺して奥へと踏み入った。

ガサッ

音のした方に剣先を向ける。
呼吸を殺す。

ガサガサッ

再び音がした方に踏み込む。

「ひいっ!」

悲鳴と共に一人の男が転がり出た。
続けざまに後ろから二人の男が頭を出した。

レナードは素早く後ろに一歩退がると剣を上げ、構えを作った。

「ま、待ってくれ!オレたちゃ丸腰だ!殺さないでくれ!」

最初に姿を現した小男が甲高い声で叫んだ。
後ろの男達は警戒した様子で茂みから覗いている。
レナードは男達を素早く観察した。

身なりからすると敵兵の残党だろう。
小男を見た限りでは武器は持っていないようだ。
と、その顔に変化が見られた。
レナードの顔をまじまじと見つめると、徐々にその顔に安堵の色が浮かんだ。

「おい!カシム!ビート!出てこいよ!安心していいぜ!こいつは大丈夫だ!」

レナードは怪訝に思い、再びその小男を観察した。
そして、ハッと記憶に思い当たった。
後ろの二人の顔にも覚えがある。

間違いなく彼らは同じ隊で戦っていた者達だ。
それも、かつて父が助命して隊に組み込んだ捕虜兵達だった。


「ホラ、覚えてないか?レッド坊やだよ。覚えてるだろ?」

小男の言葉を聞いて、二人は合点がいった様子で緊張を解いた。


「ああ、覚えてるぜ。殺しができない甘ちゃんレッドってな。俺達はついてるぜ」

カシムと呼ばれた方の大男が茂みから出てきて言った。
ビートの方も警戒を解き、薄笑いを浮かべながら姿を現した。

レッドはかつての屈辱の記憶が蘇った。
父の前ではいつも頭を下げているクセに、レナード一人の時は赤ん坊呼ばわりする。
そういう奴らだった。

「ホラ、剣を下ろしてくれよ。知らない仲じゃないだろ?」

小男、確かボルという名前だ、が言った。
その言葉を受けてレナードは一応剣を下ろしたが警戒は解かなかった。

「ここにいるのはおまえ達だけなのか?」


「おいおい、ずいぶん偉そうな口を利くようになったじゃねえか、レッド坊ちゃん」

カシムが馬鹿にしたような口調で言った。

「そっちの方こそ一人なのか?」


「ああ、俺一人だ」


「くくく、本当に偉そうになったな。いつもお守りしてくれた父ちゃんもいないのに威勢がいいなあ」

ボルもにやにやしながら言った。


「こっちの質問に答えろ。おまえ達以外に誰かいるのか」

レナードは再び剣先を上げて言った。


「おお、怖い。見ての通りさ。だから、その剣を納めてくれよ。俺のヒゲでも剃ってくれるのかい?」

ボルのセリフにカシムはにやついた。

「そうだぜ、そんな大きなカミソリ振り回すもんじゃないぜ。父ちゃんに使い方を教わらなかったのか?」


レナードはカッとなって言った。

「おまえ達は俺の父に恩があるはずなのに、何の恩義も感じずに寝返ったんだな」


「ふん、言うことだけは一人前になったな。ええ、レッド坊やよ」

カシムもムッとした顔で言い返した。


「俺はおまえ達は先の戦いで死んだものと思っていたが、敵に許しを乞うて生き延びていたんだろ。
そんな奴らに半人前呼ばわりされたくないね」

レナードは頭に血が上っているのを感じたが、それを抑えることなく言った。
と、それまで黙っていたビートが不気味な笑い声を漏らしながら言った。

「ぐひゅひゅ・・・何も知らないってのは幸せなことだなあ。ぐひゅひゅ・・」

「まったくだぜ!幸せなレッド坊やだなあ!」

「くくく、俺達が殺されるはずないのになぁ!」


「・・・・・どういうことだ?」

レナードは三人の言葉に困惑した。

「ぐひゅひゅ、俺達の身の安全は保証されてたってことさ」

「保証?」

「くくく、俺が説明してやろうか、坊や?」

ボルは楽しくてたまらないという表情で言った。

「くく、いいか?よく思い出してみろよ。あの時、軍はいつの間にか取り囲まれていたんだよな?
それを不自然には思わなかったか?」

「ぐひゅひゅひゅひゅ!おかしいよなあ!どうして隙のない包囲ができたんだろうなあ?」

レナードは言葉の意味を考えた。




「・・・・・まさか」

ボルは一層、顔をゆがめて笑った。

「そのまさかさ、坊や!俺達が内通してたのさ!」

「だから俺達は殺されるはずなかったのさ!ぐひゅひゅひゅひゅ!」


レナードは驚きと怒りで顔が真っ赤になるのを感じた。

「・・・この恥知らずが!」


「俺達を登用したおまえの親父が悪いんだぜ?臆病者のおまえの親父がよお!」

カシムの言葉にレナードの怒りはさらに高まった。


「汚らわしい犬どもが!俺の父は臆病者なんかじゃない!」

そんなレナードをボルはあざ笑った。

「くくく、おまえの親父は確かに勇敢だったよ。最後までなあ!」

「ぐひゅひゅひゅひゅひゅ!馬鹿がつくほど勇敢だったなあ!」


「父のことを知っているのか?!父は、父はどうなったんだ!」

怒りよりも父のことを知りたいという気持ちが上回った。


「教えてやれよ、ボル。こいつの親父がどんなに愚かだったのかをよ!」

「ああ、カシム。どんなに愉快だったか教えてやろうぜ」









レナードは話を聞いた。

聞かなければ、いつまでもレッドのままでいられただろう。


次へ